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最初はスウェーデン(当時スウェーデンに合併されていたフィンランドの一部も含む)だった。17世紀、ユリウス暦を使用していたスウェーデンは、グレゴリオ暦への改暦を計画した。当時、グレゴリオ暦の日付は、ユリウス暦よりも約11日進んでいた。これを解消するには、たとえば1月1日の翌日を1月13日にするなどの大きな改変が必要になる。しかしスウェーデンは、閏年を間引いて少しずつグレゴリオ暦と同じ日付に近づけようと計画した。具体的には、ユリウス暦では閏年だった1700年を平年にし、次の1704年、1708年と、1740年まで40年間に渡ってすべての閏年を平年にして、ちょうどグレゴリオ暦と同じ日付にする。こうしてまず1700年は平年とされたが、1704年、1708年は計画に反して閏年だった。この結果、スウェーデンは、ユリウス暦ともグレゴリオ暦とも違う日付を刻む国になってしまった。世界中どこの国とも日付がかみ合わず、大変に不便であったので、1712年に、とりあえず日付をユリウス暦と同じに戻すため、2月に2日の閏日が挿入された。このためこの年の2月末日は2月30日となった。このスウェーデン独自暦17121712年2月30日は、ユリウス暦では2月29日、グレゴリオ暦では3月11日に当たる。そして翌日は、スウェーデン独自暦でもユリウス暦でも日付は3月1日になった。スウェーデンのグレゴリオ暦への改暦は、結局、1753年に行われた。
2回目と3回目はソビエト連邦だった。ソビエト連邦では1929年に改暦が行われた。全部の月の日数を30日とし、あまった5日(閏年は6日)はどの月にも属さない日として年末に計上するものだった。この暦どおり、翌1930年と1931年に、実際に2月30日がある暦が使われた。しかし、1932年からは、2月の日数は元に戻った。
なお、紀元前44年から紀元前8年まで、古代ローマでは、普通に2月30日が存在した(詳細はユリウス暦を参考のこと)。また、太陰太陽暦においては、1か月の日数は月名にかかわらず29日間か30日間だったので、2月30日という日も存在した。
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