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江戸(えど)は、江戸時代に日本の政治・経済の中心となった都市。江戸城内に江戸幕府の政庁があり、一封建領主でもある徳川氏(徳川将軍家)の城下町でもあった。明治時代に東京と改名されている。
| Table of contents |
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2 江戸入府 3 江戸の範囲 4 江戸の神社仏閣 5 関連項目 |
江戸の人口が増えてくると、水の不足が深刻になってきた。江戸は埋め立てて作られた町のため、井戸を掘れば良い水が出るというわけではないのである。このため神田上水・玉川上水などの水道が作られた。水道は江戸っ子の自慢のものの一つで、「水道の水を産湯に使い」などと言う言葉が人口に膾炙した。
江戸は、江戸後期に現在の、千代田区・中央区・港区・新宿区の東側(四谷付近まで)・文京区・台東区・墨田区・江東区の辺り、旧東京市の内15区部分ぐらいまで広がったといわれている。徳川氏以前
徳川家康の入府以前に存在した江戸城は、関東管領扇谷上杉氏の有力な武将である太田資長(のちの太田道灌)が築いた城。一説には1456年築城をはじめ、翌年完成したという。太田資長は1478年に剃髪し道灌と号するが、没する(1486年)まで江戸城を中心に活躍した。江戸入府
徳川家康は、江戸に入府すると、江戸城を堅固な城に作り変え、江戸湾を盛んに埋め立てて町を作った。埋め立て当初は地面が固まっておらず、乾燥して風が吹くと、ものすごい埃が舞い上がるというありさまだった。江戸の範囲
江戸前期ころまでの江戸の範囲は、現在の東京都千代田区周辺のみであり、江戸城の堀に囲まれていた。江戸の市域は御府内と呼ばれ、後に地図上の朱引きで示されるようになった。