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江戸時代

江戸時代えどじだい)は、江戸幕府によって日本が統治されていた時代である。慶長8年(西暦1603年)2月12日に徳川家康征夷大将軍に任ぜられ江戸(現在の東京)に幕府が開かれた時を始まりとし、慶応33年(1867年)の大政奉還までの264年間を指す。

Table of contents
1 江戸時代の政治・社会
2 江戸時代の経済・貿易
3 江戸時代の文化・芸術
4 江戸時代の宗教
5 関連項目

江戸時代の政治・社会

江戸時代は徳川氏を中心として、武士が支配していた封建社会であった。一般市民の身分制度は士農工商と呼ばれる階級制であり、武士が民衆を支配していた。士農工商の下には以前からあったえた、ひにんと呼ばれる被差別階級があり、この存在が明治以後、部落解放運動に繋がる。

江戸時代の経済・貿易

江戸時代の文化・芸術

学問・思想

江戸時代には、戦乱が静まり社会が安定し平和になったことと
経済活動が活発になったことにより人々の思想が自由になり多様な学問が開花した。また経済の発展による中流階級の庶民の台頭は、学問の担い手を生むこととなった。江戸時代の学問の特徴としては、研究者個人の直感的、連想的な思考を軸とする中世的な発想で研究を進めるのではなく、文献などに基づき実証的に研究するという態度が現れたことが挙げられる。また一部には身分制度を否定したり、無神論的な発想を持ったりする思想が現れ、プレ近代ともいうべき様相を呈している。

江戸時代の宗教

江戸時代には、徳川幕府により
仏教が民衆支配の手段として使われたために、黄檗宗が渡来したほかは仏教は不振となった。仏教内部も腐敗し、いわゆる「葬式仏教」が成立したのもこの時期で、形骸化した仏教は神道、儒教の両派から批判された。儒教に関しては上記の項目を参照されたい。神道では国学の隆盛に伴い、儒仏を廃した復古神道が唱えられ、一部では神仏分離が始まった。復古神道は儒教や仏教の教えを排除したが、一方では、神道と儒教が習合した神儒一致の垂加神道などの儒教神道が現れた。復古神道や垂加神道は幕末の尊王思想にも影響を与え、明治期の政策にも影響を与えた。

他に特筆すべき事柄として、民衆による宗教運動が挙げられる。封建社会に縛られた民衆のはけ口として、遠方の寺社への巡礼、参拝がさかんになった。これは多分に娯楽的な意味を持ち、民衆が旅行するようになった起源とも言われる。中には旅行代理業者や案内業も現れ、寺社の側に歓楽街ができたところもある。この遠方への巡礼の背景には五街道などのインフラが整ったことがある。これらの代表的なものには、信州の善光寺参りや伊勢神宮へのお陰参りがある。特にお陰参りは、江戸中期後期、60年周期に爆発的に大多数の参拝者が押し寄せる現象が起き、これは江戸末期のええじゃないかに繋がることとなる。

また、江戸末期には、天理教金光教などの新宗教が現れた。

関連項目


安土桃山時代江戸時代明治時代




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