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沿海州(えんかいしゅう)は、ロシアの極東地方の東南端に位置する日本海沿岸地域を指す日本語の慣用名。元来はかつてロシア帝国に州として置かれていたプリモルスキー州の訳語で、プリモルスキーは「沿岸部」を意味するプリモーリエ (приморье (primor'e)) の形容詞形。1938年以来、この地域には行政体としてプリモルスキー・クライ (Приморский край (Primorskii Krai))となっており、クライはふつう「地方」と訳されるロシアの地方行政区分の一種であるため、より厳密には沿海地方と訳されるが、慣用的に沿海州と呼ばれることが多い。カタカナでプリモルスキー、プリモーリエとも言う。
行政体としての沿海地方は、ロシア連邦を構成する89の連邦構成主体のひとつで、極東連邦管区に属する。面積は165,900km²で、人口は約200万人。州都はウラジオストク。
東南に日本海に面し、おおよそアムール川を北限、ウスリー川を西限とする。北はロシア領のハバロフスク地方で、西に中華人民共和国、南に北朝鮮と国境を接する。東は間宮海峡を挟んでサハリン州(樺太)がある。
海を挟んで隣接する日本、大韓民国を含め、東アジアの諸国と近接した関係にあるため、地政学的に重要視される地域であり、ロシア極東の中では経済的に優位にある。
歴史的にはツングース系などの北方諸民族が活動してきた地域で、樺太を通じてアイヌとも往来や貿易があった。中国にとっては毛皮の重要な産地であったことから清が進出し、西洋人には満州民族の居住地、マンチュリア(満州)の一部として知られる。
1860年、北京条約によってロシアに割譲され、南部にウラジオストクが建設されてロシアの太平洋への出口となった。沿海州の設置当初は現在のハバロフスク地方、サハリン州などを含むロシアの極東地域の広域を管轄する州であったが、州の分置により縮小し、1938年に沿海地方に改められる。
沿海地方
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