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2 種類 3 関連項目 |
歴史
「戯作」の言葉自体は中国に古くからあり、その影響から日本でも江戸時代以前から使われていた。正当な表現に対するパロディや軽く茶化した表現のことを戯作と呼ぶようになった。荻生徂徠などの影響で、当時の中国文学の口語小説の紹介・研究が進み、その影響を受けて読本などが書かれるようになった。また、『風流志道軒伝』などを書いた平賀源内は戯作者の祖と言われる。
代表的な読本には、秋成の『雨月物語』や馬琴の『南総里見八犬伝』などがある。
種類
戯作は、洒落本、滑稽本、談義本、人情本、読本、草双紙などに大きく分けられる。さらに草双紙は内容や形態によって赤本、黒本、青本、黄表紙、合巻に分けられる。洒落本
遊所での遊びの様子を書いたもの。山東京伝の『傾城買四十八手』などがある。滑稽本
おかしみのある話。式亭三馬『浮世風呂』、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』などが代表的。談義本
滑稽さと教訓を合わせ持っていた、滑稽本のはしり。人情本
恋愛を描いたもの。為永春水の『春色梅児誉美』や『春告鳥』などに代表される。読本
口絵や挿絵もあったが、文章中心の読み物であるところから読本と呼ばれた。中国文学の白話小説から影響を受けて生まれた。史実に取材することがあっても基本的にフィクションであり、勧善懲悪思想などを中心に据えた読み物であった。娯楽性も強いが、草双紙などと比べ文学性の高いものと認識されており、初期読本は知識人層によって書かれた。印刷技術や稿料制度など出版の体制が整っていたこともあり多くの読者を獲得したが、発行部数などは草双紙に及ばない。江戸や大阪の町で上田秋成、曲亭馬琴、山東京伝といった作者が活躍した。草双紙
絵に仮名で筋書きが書き込まれた物語。子供向けのものが多かったが、次第に大人向けの洒落・滑稽な内容のものが書かれるようになった。表紙の色と内容によって分類される。
関連項目