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作新学院、法政大学の豪腕エース。1973年、77年にそれぞれドラフト指名(阪急、西武-当時のクラウンライター)がかかるものの、巨人へのこだわりを捨てきれずそれを拒否した。
1978年作新学院職員としてアメリカ留学。
しかしその年のドラフト会議前日に電撃帰国し巨人と契約。一旦は入団成立かと思われたが、野球協約違反で却下。抗議した巨人がドラフト出場を辞退した「空白の1日」事件である。
そのドラフトで阪神が1位指名。1979年1月に一旦阪神と契約した上で、巨人から小林繁投手を獲得する交換トレードで巨人入りを果たす。デビュー戦・6月の阪神戦では鼻血出血というハプニングで途中交代。1987年、広島戦で小早川から打たれたさよならホームランをきっかけに現役を引退。
現在スポーツキャスターとして、日本テレビ「スポーツうるぐす」を担当している。
ドストエフスキーの翻訳・研究などで知られる。