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西川きよしと1970年代に「やすし・きよし」のコンビ名でデビューするが、傷害事件の影響で謹慎処分を受ける。その後自らのライフワークであるモーターボート(競艇)のアマチュア選手権大会に優勝したことで、当時「病気療養中」とマスコミにいっていた横山のマネジャーだった木村雅雄(後に吉本興業の社長となる)に対する非難があったという武勇伝を持つ。
1983年には日本テレビ『久米宏のテレビ・スクランブル』のコメンテーターとして出演したが、彼のもう一つのライフワークとも言うべき酒に酔っ払いながら暴言を放送中に発したことで問題になったこともあった。
1989年の暴行事件騒動で吉本興業を解雇されて以後は1992年の参議院選挙(比例代表)に立候補(落選)した時を除いて表舞台からすっかりと身を引いてしまった。
1996年1月にアルコール性肝硬変で急死。享年51歳。横山の遺骨は個人の遺志で海に散骨されたという。