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永井 豪(ながい ごう、1945年9月6日 - )は日本の漫画家。石川県出身。代表作に『デビルマン』『マジンガーZ』など。石ノ森章太郎(当時、「石森章太郎」:故人)のアシスタントからはじめ、ギャグマンガ『目明しポリ吉』でデビュー。デビューマンガの掲載雑誌社編集部勤務の美人担当者と結婚にまでこぎつけた。
| Table of contents |
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2 永井の描くマンガの特徴 3 作品リスト 4 アニメ作品 5 TVドラマ・実写ビデオ等 6 アニメ論 7 アシスタント |
マンガ論
ギャグ作品から描きはじめたのだが、どうしても、「ロボットマンガの大家」、(手塚治虫、石ノ森章太郎の亡くなった今)「近代SFマンガの砦」的扱いを受ける傾向にある。彼の血を受け継いでいるマンガ家としては、『ゲッター・ロボ』シリーズを共作した石川賢などもいるが、これ以降はマンガ家の世代も変わってしまい、多様化し、変わってしまっている。
日本の我々が思う以上に、永井のアニメは、諸外国で根強いファンの多い。 当百科辞典の英語バージョンにも、永井豪に関する項目がある。
それまでのロボット漫画としては、『鉄腕アトム』のように自我があって自ら正義の味方を自覚。その後は『鉄人28号』『ジャイアント・ロボ』等、遠くからリモコン操作をし、「ナビゲーターである主人公が善人=正義の味方」が前提であった。しかし、『マジンガーZ』からは、実際に主人公である操縦者が飛行機様の乗り物を操縦して合体という形で乗り込む。合作『ゲッター・ロボ』に至ってからは、操縦する3機の飛行機といってもよい乗り物が合体してロボットとなり、合体する順番により、それが空中用、地上・地下用、海中用と、3種に変化できるという、画期的なものであった。ロボットに搭乗して敵と戦う以上、当然、主人公といえども、大怪我をしたり、実際に、『ゲッターロボ』のベアー号操縦者:巴ムサシの様に(敵と刺し違える形で)死んでしまうケースもありえるようになった。これも、当時、画期的でもあった。
また、敵にも組織があり、単なる侵略ではなく、「人類を滅ぼすべき正当な理由が敵にも存在する」というのは、手塚作品や石ノ森萬画時代からあったが、永井の作品は徹底したものとした。オリジナルの漫画本の『マジンガーZ』の最初のエピソードの様に、「操縦者の意志によって、あるいは、無意識によって、正義の味方であるべき存在が、人類にとって善にも悪にもなりうる」という事を描いている。ロボットには意志がなく、操縦者が決めるのである。 敵はともかく、ロボット(あるいは、超人力的パワー)を、敵を倒すために使うか、自分の欲望の為に使うかは自由という、「正義の味方側も、悪に転じうる」という危険性を伴う。
また、「神」が必ずしも「絶対善」ではない場合もありうるという発想は、ロボットものではないが、『デビルマン』などでも描かれていた。 人類ですら、先住種(「悪魔」や、「爬虫人類」)のいない隙に入り込んだ侵略者や空き巣という設定の作品もある。 これは、鉄腕アトムやウルトラセブンにも導入されている設定で、彼独自のアイディアではなく、より昇華させた設定。 「今まで人類と苦戦してきた敵が、更に強い新たな敵に簡単に倒されてしまい、それが、新たな人類の敵となる」といった発想をより完成させたのも、永井(や石川賢)のアイディアだと思われる。
1970年前後に描かれアニメ化されたロボットマンガが、それ以来、メカの精密さや設定のリアルさは増しても、このコンセプトを大きく覆すようなロボットや、作品としてのマンガは出ていないといえる。というよりは、鉄腕アトムから鉄人28号へ進歩してから、コンセプト自体は大きく変わっていないが、マジンガーZのような搭乗操縦型ロボット(搭乗+合体型も含めて)現在に至るまで、大きな変化や進歩はしていないといえる。『アストロガンガー』や『ライディーン』などのような人間とロボットとが融合合体するものや、『ガンダム』などのような直接乗り込むものも、元をただすなら、「ロボット自体が破壊される時に内部の人間も死ぬ」という意味では変わりはない。改造された主人公がロボットのパーツの一部になるという『鋼鉄ジーグ』は、永井の合作作品である。
時代もあったのであろう、『ハレンチ学園』がTVドラマ化してパンティーが見えた程度で、PTAが大騒ぎしていた。実際、この原作漫画や『キューティー・ハニー』の変身シーンは社会問題になった。彼の返答は、この『ハレンチ学園』といったエッチなギャグ漫画を、暴力や戦闘シーン満載のバイオレンス漫画に路線変更してしまったことである。舞台となっている学園の先生や生徒が、残酷に、涙を誘う状態で、なぜか時には笑える状態で、次々に死んでいってしまう。(殺されていってしまう。)
マジンガー・シリーズやデビルマン・レディー、ゲッター・シリーズなど、少年誌連載当時には多忙すぎて絵やストーリーがおざなりになったり、あるいは、年齢的に描ききれなかった部分を、近年になって再度描き直している作品もある。現代風になっても、新たな設定が加わりボルテージも落ちない一方、作者本人の消耗がひどくて最後まで描ききれずに、途中で終わってしまったりするものも少なくない。『バイオレンスジャック』の最後が『デビルマン』と収束してしまうなど、賛否両論の論議を巻き起こしているものもまた、少なくない。
日本のSFマンガを語る上で、多くのマンガ家が登場してきたが、故・手塚治虫、故・石(ノ)森章太郎、永井豪、この3名のラインは、あらゆる意味ではずせないともいえる。また、彼らは「マンガ」=「子供が見るもの」という先入感に、特に日本の大人たちは思っている傾向にあるようだ。
この3名や横山光輝なども含めて、「絵で表現する作家」タイプのマンガ家が日本には多く、アメリカの映画製作者や作家達は、日本のマンガやアニメのアイディアを盗もうとしていると思われるぐらい、こういった作品群は、影響力を持っている。
現役で今も第一線で描き続けている貴重なその一人が、この永井豪でもある。
また、彼はギャグマンガからはじめたせいか、シビアなストーリーの途中に、ユニークなキャラクター性を持った登場人物の行動や発言であったりなど、主人公すら巻き込んでしまうギャグのシーンを入れてしまうという事を初めてといい完成された形で持ち込んだ。
手塚治虫は、絵自体がリアルさがないので、落差が少ない。石ノ森章太郎は、最初からギャグ担当のキャラクターを設定し、ほとんど、その登場人物にギャグを任せてしまう。永井の場合は、三の線の登場人物も設定しているが、二枚目の主人公さえギャグの中心に持ってきてしまう、といった事を、最初に実行したメジャーなマンガ家でもあるといえる。しかも、ストーリー上、登場人物が生きるか死ぬかの時にである。こういった路線が後に、ギャグが主体なのかSFや闘いが主体なのかわからない、『夢戦士ウィングマン』や『ドラゴンボール』などに、直接ではないが発展していく。
東映自体の企画なのか、永井やダイナミック・プロ側の発想なのかは不明ではあるが、映画版のみの特別編『マジンガーZ 対 デビルマン』『グレート・マジンガー VS ゲッター・ロボ(G)』などといった一連の諸作品も、当時の子供心をくすぐる企画であった。それまでは、こういった、異なった番組の主人公が、同じドラマのストーリーの中でからむという発想もあまり見なかったことと思う。
アメリカが制作費をかけて実写をしている間に、日本では、アニメのディフォルメされた技術や手法、つまり、「現実にはありえない状況なのだが、アニメ独自の絵の動かし方や構図によって、見る者に、よりリアリティーや迫力を感じさせることが出来る」のである。近代的なそれをいち早く取り入れたのが、こういったアニメである。
B級映画にされてしまったが、(永井の作品ではないとしても)『強殖装甲ガイバー』が、かのハリウッドでの実写版になったという事実を忘れてはいけない。常に日本アニメや子供向け(と化してしまった)実写物が、一般に輸出されている以上に、アメリカなどの制作者側にはチェックされているのである。
石ノ森作の『ロボット刑事』が映画『ロボコップ」、手塚作品の『ジャングル大帝』がディズニーのアニメ『ライオン・キング』(彼ら製作者側が何と言い訳しようと)のヒントになっているのは間違いないはずである。永井豪の作品に影響を受けた諸外国の制作関係者達によって、直接実写版とならずとも、今後どのようなインスピレーションやヒントとなって、特にアメリカなどの実写作品の設定やストーリー、ワン・シーンなどに取り入れられるかは未知数である。(あるいは、既に取り入れられているかもしれない。)永井の描くマンガの特徴
1ページ内のコマの数も少なく、つまり、コマ割りが大きめで、コマ枠も登場人物も線が太い。時にはセリフや擬音ばかりか、登場人物までもがコマからはみ出す。時には見開き2ページにも及ぶ。それでいて、ストーリー展開も速く、セリフもしっかりしている。メカや景色もリアルに描かれている。そういった手法も、永井が一般的にしてしまったともいえる。それでいて、劇画ではない。青少年マンガの範囲である。作品リスト
他、短編多数アニメ作品
以下、他作家との共作
他(主に、マンガ本のアニメ化)
TVドラマ・実写ビデオ等
他
アニメ論
永井の作品のアニメ化は、明らかにロボットものが多い。多少、子供向けになってしまっているものも、初期作品には多い。最近のリメイク版ビデオ作品には、大人が見てもハードな内容のものもある。また、原作本自体や最近のビデオ版に焼き直した作品の中には、大人が見ても恥ずかしくない作品も少なくない。逆に、子供では理解の出来ない作品も多い。『UFOロボグレンダイザー』が、かつてのフランスでの視聴率が70%を超えたという逸話もあるほど、諸外国にとっては、新鮮で画期的な、かつ、センセーショナルな作品であったともいえる。