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油小路事件

油小路事件あぶらのこうじ じけん

慶応三年三月十日、新選組を離脱し御陵衛士(高台寺党)を結成した伊東甲子太郎勤王倒幕運動に勤しみ、薩摩と通謀して近藤勇を暗殺せんとたくらんでいる事が、新選組が間諜として 潜り込ませていた斎藤一によって明らかとなった。

同年十一月十八日、近藤勇は金子の用立て、国事の相談があると七条の妾宅に伊東を招いて酒宴を張り、 帰路、大石鍬次郎らが待ち伏せて槍を以って暗殺した。伊東は深手であったが一太刀敵に浴びせ、 「奸賊ばら」と叫んで絶命したという。

新選組は油小路七条の辻に伊東の遺骸を放置し、その周りに伏せ、遺体を引き取りにきた同志をまとめて粛清しようとした。 遺骸を引き取りにきた同志、藤堂平助、篠原泰之進、鈴木三樹三郎、服部武雄、毛内有之助、加納道之助、 富山弥兵衛の七名。

新選組結盟以来の生え抜き隊士で元八番隊組長を務めた藤堂平助、服部武雄、毛内有之助、三名が討死。藤堂に関しては、昔の好で永倉新八が逃がそうと試みたがうまくゆかず、他の隊士に斬られた。 服部武雄は隊内でも相当な使い手として鳴らしていたため、服部の孤軍奮闘は鬼気迫るものがあったというが、最後は原田左之助の槍で落命したという。

残りの同志は逃げ延び、薩摩藩邸にかくまわれた。





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