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日本の近現代文学史

日本の近現代文学史は、明治時代以降の日本文学の歴史である。

明治を迎え日本の社会は大きく変化した。西欧の社会を模した「文明開化」が推進され、日本文学にも大きな影響を与えた。言文一致運動もその一つである。「文学」という語自体、西欧の思想や文化を受け入れる際に相当する語がなかったため、翻訳語として創り出されたものである。現在一般に使われ私たちが考える「文学」という概念は、この頃に生まれた。

Table of contents
1 明治時代の文学
2 近代日本文学の出発
3 大正時代の文学
4 昭和の文学
5 平成の文学
6 文学の展開
7 関連項目
8 外部リンク

明治時代の文学

過渡期の文学と『小説神髄』

明治に入ってしばらくの間は江戸時代の文芸活動が続いていた。明治18年から19年にかけて、
坪内逍遥が日本ではじめての近代小説論『小説神髄』を発表した。この評論によって日本近代文学は幕を開け、明治初年から『小説神髄』の発表までの時期を「過渡期の文学」と称する。この期間の文学は、戯作文学、政治小説、翻訳文学の3つに分類される。

  1. 戯作文学は、江戸時代後期の戯作の流れを受け継ぎつつ、文明開化後の新風俗を取り込み、人気を博した。代表作は仮名垣魯文『西洋道中膝栗毛』(明治3年)、『安愚楽鍋』(明治4年)、服部撫松『東京新繁昌記』など。
  2. 政治小説は、自由民権運動の高まりとともに政治的な思想の啓蒙のために書かれた。代表作は、矢野竜渓『経国美談』(明治16年-17年)、東海散士『佳人之奇遇』など。
  3. 翻訳文学は、明治10年代になってさかんに西欧小説が移入され広まった。代表作は川島忠之助が翻訳したジュール・ベルヌの『八十日間世界一周』(明治11年-13年)、坪内逍遥がウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』を翻訳した『自由太刀余波鋭鋒』である。

近代日本文学の出発

逍遥と四迷

近代文学は、西欧近代小説の理念が日本に入るとともにはじまり、坪内逍遥「小説神髄」によって実質的に出発した。「小説の主脳は人情なり、世態風俗はこれに次ぐ」という主張に感銘を受け、
二葉亭四迷が「小説総論」を書いた。これらの評論をもとに逍遥は「当世書生気質」(明治18年-19年)を書いたが、戯作の風情を多分に残していた。それらを克服して明治20-22に発表された四迷の「浮雲」は、最初の近代日本文学とされる。こうした写実主義的な近代リアリズム小説が充実し始める一方、政治における国粋主義的な雰囲気の高まりにともなって、井原西鶴や近松門左衛門らの古典文学への再評価が高まった。

明治20年周辺

明治18年、尾崎紅葉、山田美妙らが「硯友社」をつくり、我楽多文庫を発刊した。擬古典主義のもと、紅葉は「二人比丘尼色懺悔」「金色夜叉」を発表した。紅葉の女性的、写実的な作風に対して、男性的、浪漫的な作風で人気を博したのが幸田露伴である。「露団々」「風流仏」「五重塔」などの小説のほか、評論や古典の解釈など幅広く活躍した。

森鴎外の登場によって、叙情的で芸術的な傾向をもつ浪漫主義文学が登場する。ドイツへの留学経験の題材にした「舞姫」(明治23)などによって、近代知識人の自我の覚醒を描いた。この頃、北村透谷を中心として雑誌『文学界』が創刊され、浪漫主義的な作品が発表された。樋口一葉は、代表作「たけくらべ」「にごりえ」で注目されるが、24才の若さで結核に倒れた「高野聖」を発表した泉鏡花は、「婦系図」「歌行燈」で幻想的な世界を描いた。

大正時代の文学

昭和の文学

戦前

戦後

昭和40年周辺

昭和43年、川端康成ノーベル文学賞を受賞した。昭和45年には三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地において割腹自殺した。四部作「豊穣の海」最終部を脱稿した日の自決であった。

昭和50年周辺

戦後世代として、初めて芥川賞を受賞したのは、中上健次であった。彼は、出身地である紀州にこだわった紀州三部作「岬」(芥川賞受賞・昭和50)、「枯木灘」(昭和51年-52年)、「鳳仙花」(昭和54年)によって、独自の土着的な文学世界を築いた。中上健次につづいて、「限りなく透明に近いブルー」(昭和51年)で村上龍が芥川賞を受賞。覚せい剤と乱交にあけくれる若者を描き話題になった。その後、「コインロッカーベイビーズ」(昭和55年)、「愛と幻想のファシズム」(昭和59年-61年)でなど多くの小説を発表した。村上龍とともに語られるのが、昭和54年に「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞してデビューした村上春樹である。「羊をめぐる冒険」(昭和57年)などにより、英米文学の影響を受けた独自の作風が支持された。そのほか、「泥の河」(昭和52年)で宮本輝が登場し、「蛍川」(昭和52年)「道頓堀川」(昭和53年)を合わせた川三部作によって、戦後の大阪の庶民の暮らしを描いた。昭和58年には「優しいサヨクのための嬉遊曲」で島田雅彦がデビューした。

新人たちの登場の間にも、壇一雄が「火宅の人」(昭和50年)、安岡章太郎が「流離譚」(昭和51年)、吉行淳之介「夕暮まで」(昭和53年)、黒井千次が「群棲」(昭和56年-59年)を、井上ひさしは大作「吉里吉里人」(昭和48年-55年)を発表した。また、大江健三郎は「ピンチランナー調書」(昭和52年)、「同時代ゲーム」(昭和54年)の後、代表作の一つである「新しい人よ眼ざめよ」(昭和58年)を著した。

その一方で、演劇の世界で活躍していたつかこうへいが「蒲田行進曲」(昭和56年)で直木賞を、同じく演劇人の唐十郎が「佐川君からの手紙」(昭和58年)で芥川賞を受賞し注目をあつめた。

昭和60年周辺

「光り抱くともよ」(昭和59年)で高樹のぶ子が登場。「鍋の中」(昭和62年)の村田喜代子、「由熙」(昭和63年)の李良枝らの芥川賞受賞の女性作家の活躍が見られた。芥川賞に何度もノミネートされた後、山田詠美は、「ソウルミュージックラバーズ・オンリー」(昭和62年)で直木賞を受賞。デビュー作の「ベッドタイムアイズ」(昭和60年)以降、話題作を次々に発表した。昭和62年、「キッチン」で評論家・吉本隆明の次女、吉本ばなながデビュー。出す作がすべてベストセラーになる“ばなな現象”を起こした。「うたかた/サンクチュアリ」(昭和62年)、「TUGUMI」(昭和63年-平成元年)に代表される、孤独で現代的な登場人物を、みずみずしい感性で描いた。

デビュー後、着実に独自の世界観を作り上げてきた村上春樹は、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(昭和60年)、「ダンスダンスダンス」(昭和63年)を発表。「ノルウェイの森」(昭和62年)は大ベストセラーになり、上下巻で460万部以上を売った。また、宮本輝は「優駿」(昭和61年)で幅広い読者を得た。

平成の文学

平成初期の文学

平成に入って、小川洋子が「妊娠カレンダー」(平成2年)で登場し、
慶應義塾大学のフランス文学の教授荻野アンナの「背負い水」(平成3年)、多和田葉子の「犬婿入り」(平成4年)とつづく女性作家の時代を印象付けた。多和田はドイツ語でも作品を発表し、日本語との間に新たな関係性を見出しつつ作品を発表しつづける。昭和56年に「極楽」で群像新人文学賞を受賞しデビューした笙野頼子が「タイムスリップ・コンビナート」(平成6年)で芥川賞を受賞するなど、フェミニズムと文学の問題を考える作家が多様に現れた。後に「『我輩は猫である』殺人事件」などで、純文学ミステリー作家と呼ばれるようになった奥泉光が「石の来歴」(平成5年)で芥川賞を受賞した。

また、ベテラン勢が健筆ぶりを見せた。筒井康隆「文学部唯野教授」(平成2年)、河野多恵子「みいら採り猟奇譚」(平成2年)、開高健「珠玉」(平成2年)、丸谷才一「女ざかり」(平成4年)、遠藤周作「深い河」(平成5年)などが挙げられる。中上建次が「軽蔑」(平成4年)を発表、彼の文学の系譜がいよいよ鮮やかになったが、同年死去。平成7年、大江健三郎がノーベル文学賞を受賞した。同じ年に、村上春樹は三部からなる大作「ねじまき鳥クロニクル」を発表した。

J文学というジャンル

J-POPという音楽の言葉に応じた形で、雑誌「文藝」が名づけたJ文学というジャンルが現れ、渋谷系、新宿系など、街の個性を代表する小説が誕生した。町田康、赤坂真理、星野智幸、吉田修一、阿部和重、黒田晶、藤沢周ら、90年代に登場した作家が、広くJ文学にカテゴライズされた。

「日蝕」で芥川賞を受賞した平野啓一郎は、漢字を多用した擬古文体で登場。京都大学の現役学生であったことからマスコミに多く登場し読者を得た。「家族シネマ」の柳美里、「海峡の光」の辻仁成らは、アダルトチルドレンやトラウマといった、心理学の流行語で読み解かれた。「蛇を踏む」で芥川賞を受賞した川上弘美は、平成13年「センセイの鞄」を発表し、広く受け入れられた。

文学の展開

21世紀を迎え成熟社会となった現代日本において、文学は新しい展開を見せはじめた。インターネット携帯電話の普及により、テクストの形態が変化し、ハイパーテキストが多くの人々の享受するところとなった。同時に、従来の本を巡る市場は縮小し、文学もそのありかたを大きく変えようとしている。

関連項目

外部リンク

日本近代文学館のホームページ


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