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日本列島の山から百座選び、夫々の山を主題として百の随筆を記したものである。
| Table of contents |
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2 『百名山』の功罪 3 『百名山』の評価 4 掲載の山の選定について 5 『日本百名山』一覧 6 関連項目 7 外部リンク |
一部の人(山歩きが好きでかつ読書家)以外には、ほとんど知られることもなかったこの『百名山』が人口に膾炙するようになったのは、皇太子徳仁の愛読書であることが報道されたのがきっかけと言われる。皇太子は自身が日本山岳会会員でもあるほどの登山愛好家であり、『百名山』の各峰を登頂することを夢としていると伝えられた。
『百名山』ブームにより、明らかに『百名山』掲載の山への登山者の集中が起こっているようである。登山者の増加は、その山の山小屋や登山道の整備への動機付けにつながり、年々、快適な山行が楽しめるように整備が進む。反対に登山者を呼び込まない山は、道の荒廃が進む。
山の随筆としてみた『百名山』は、物足りないものである。小史
おりしも、1980年代頃から中高年の登山ブームが起こっていた。
登山といってもロッククライミングを含むような本格的なものではなく、ハイキング的な山行だが山小屋や登山道の整備、登山用具の性能向上によって、以前は難路とされた山が登攀可能になっていた。このような状況下で、深田久弥の『百名山』が読まれるようになっていった。登る山を『百名山』から選ぶ人も増えてきた。
さらに皇太子に倣って『百名山』にとりあげられた山々を全山登頂する事を目的にするものの多く現れた。
その後、『百名山』ブームにあやかってか、二百名山・三百名山、あるいは各地の百名山・花の百名山などさまざまな名山一覧が登場している。『百名山』の功罪
また、登山者の増加は、自然環境の破壊にもつながるという深刻な問題もある(特に大規模山小屋の廃棄物等)。
また、静かな山行を好む人には、大挙して押し寄せる中高年の「登山ツアー」は、迷惑以外の何者でもない。このようなタイプの人は、『百名山』を嫌悪する人も多い。『百名山』の評価
近代以降の日本の山の随筆は、ウォルター・ウェストンの名著『日本アルプスの登山と探検』を始めとして、小島烏水・志賀重昂・串田孫一・冠松次郎など、過去優れたものが多数書かれている。『百名山』はそれらと比べると、一座あたりの文章分量が決定的に少ないことがまず致命的である。また文章内容も、山行記録というよりもその山についての歴史や周辺のぼんやりとした情報の記述に終始しているため、『百名山』を読んでも山登りの追体験を味わうことはできない。
かといって、山登りに仮託した哲学的随想でもないし、山の自然を豊かに表現したものでもない。
このように欠点だらけの『百名山』が広く受け入れられ、ロングセラーとなった理由は1つ、日本列島の無数の山から百座選んでリストしたことにつきるであろう。
深田は、近代以前の山一覧は信仰の対象などに片寄っているとしている。
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