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八月十八日の政変で長州藩の勢力が京都から一掃されて以後、
尊皇攘夷派は窮地に立たされる事となった。
そこで尊皇攘夷過激派は、勢力を挽回すべく、
京都に放火し、その混乱に乗じて中川宮朝彦親王や徳川慶喜、松平容保らを暗殺し、
孝明天皇を拉致する計画を練る。
過激派の一人・古高俊太郎を捕らえた新撰組は、古高の自白によりこの計画を知る。
事態は一刻を争うと見た新撰組は即日 捜索を開始。
池田屋で謀議中の過激派を発見し、近藤勇ら僅か数名で斬り込み、激闘となる。
この戦いにより、吉田稔麿、北添佶摩、宮部鼎蔵らが戦死、 尊皇攘夷派は大打撃を受ける。
この事件をきっかけに、長州藩は強硬派に引きずられる形で挙兵、上洛し、 七月十九日の禁門の変を引き起こす。