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| Table of contents |
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2 歴史 3 駅一覧 4 接続路線 |
路線データ
歴史
有田鉄道は、沿線で穫れた木材や蜜柑などの農産品を、積出港である湯浅港まで運搬する目的で、1913年2月に設立された。1915年5月28日に海岸駅~下津野駅間、1916年7月1日に下津野駅~金屋口駅間が開業した。
1926年8月8日に紀勢西線が藤並駅まで開通し、有田鉄道も藤並駅を新設して紀勢西線との連絡を行った。藤並駅から国鉄線を通して、蜜柑を満載した「蜜柑列車」が全国へ運行されるようになった。紀勢西線と並行していた藤並駅~湯浅駅~海岸駅間は「不要不急路線」として1944年12月10日に休止されレールが撤去された。1950年4月から紀勢西線湯浅駅まで乗り入れるようになり、藤並駅~海岸駅間は1959年4月3日に廃止された。
蜜柑などの輸送は次第にトラック輸送に置き替えられようになり、1984年2月1日に貨物営業は廃止された。紀勢本線への乗り入れは、信楽高原鐵道の正面衝突事故の後の1992年12月に廃止された。
1995年3月6日から、第2・第4土曜日と日曜・祝日は全便運休して並行する道路を走る路線バスで代替するようになり、1日の運行便数も次第に縮少した。2001年11月1日からは1日2往復(最終列車は藤並発12:00)に減便され、公共交通機関としての使命を放棄したような状態になっていた。利用者数は1日平均30人で、有田鉄道が鉄道廃止の意向を示した時も、地元から廃止反対の声はほとんど上がらなかった。