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日露戦争

日露戦争にちろせんそう)は、1904年(明治37年)2月6日に始まり、1905年(明治38年)9月5日に収束した、大日本帝国ロシア帝国による朝鮮半島満州の覇権を巡る戦争

Table of contents
1 概略経過
2 詳細経過
3 この戦争の意義
4 日本がこの戦争で得たもの
5 日本がこの戦争で失ったもの
6 参考文献

概略経過

日本側の陸海両軍による奇襲攻撃に始まり、旅順攻囲戦奉天会戦日本海海戦などの結果、日本側の優勢が確定。一方ロシア側は相次ぐ緒戦の敗北及び、それを含めた帝政に対する民衆の不満(→血の日曜日事件)による政情不安を抱え、米国の仲介の下、1905年10月に締結されたポーツマス条約により正式に終戦。

期間19ヶ月、戦費17億円、総兵力109万人、戦傷者38万人に達した。

詳細経過

この戦争の意義

近代史上初の非白人国家による白人国家への勝利は、欧米列強の支配下にあった当時のアジア・アフリカ諸国民に独立への希望を与えた(日本の支配下にあった非日本人民はを除く)。この観点からアジア・アフリカの諸国民の多くは、今も日露戦争を高く評価している。
日本がこの戦争に敗北していれば、北海道がロシア領に編入されていたことも考えられ、近現代日本の国境線を形作る上で、大きな意味を成した。

日本がこの戦争で得たもの

ロシア帝国の南進を抑え、朝鮮半島の権益を死守した上、新たに満州における権益を得た結果、アジア初の世界列強への参入を果たし、維新以来の課題であった不平等条約改正の達成に大きく寄与した。

日本がこの戦争で失ったもの

直面する欧米列強の脅威に対して、国家の自立を目指して全国民が一丸となって産業を興し軍備を整えてきた日本ではあったが、この戦争における勝利は、国力に比して分不相応な野心を抱き、かって同じ境遇であったアジア諸国への思いやりをなくす端緒にもなった。

参考文献





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