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| Table of contents |
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2 宗教の構成諸要素の特性 3 日本および世界における宗教の広がり 4 定義、および定義をめぐる諸問題 5 宗教の表現形式 6 その他、宗教の諸側面 7 現代日本における宗教団体 8 日本の主な宗教問題 9 宗教の分類 10 宗教の種類 11 関連事項 12 外部リンク 13 参考文献 |
語源
宗教の語は、幕末期にReligionの訳語にあたる語が必要になるにあたり、宗教一般をさす語として採用された語である。一般には明治初期に広まった。この元になった単語 Religion は、ラテン語の単語 religare から生じた語である。religare はもともと「参加すること、結合すること」という単語であり、そこから人間と神をつなぐこと(縁)を意味すると理解されていた。
磯前(2003)によれば、Religionの語が最初に翻訳されたのは日米修好通商条約においてであり、訳語には宗旨や宗法の語があてられた。他にも、それに続く幕末から明治初頭にかけての間に用いられた訳語として、宗教、宗門、宗旨法教、法教、教門、神道、聖道などが確認できるとする。この内、「宗旨」、「宗門」など宗教的な実践を含んだ語は、「教法」、「聖道」など、思想や教義の意味合いが強い語よりも一般に広く用いられており、それは多くの日本人にとって宗教が実践と深く結びついたものであったことに対応する。「宗教」の語は実践よりも教義の意味が合いが強い語だが、磯前の説ではそのような訳語が最終的に定着することになった背景には日本の西洋化の過程で行われた外交折衝や、エリート層や知識人の価値観の西欧化などがあるとされる。
宗教の構成諸要素の特性
宗教の定義は後述のとおり使用される場合によって変わり、厳密な定義ができるものではないが、一般的な傾向は存在する。傾向として、次の諸点が指摘できる。
信仰内容には、通常、科学で検証の対象とならないような世界の秩序、人間の存在の意義などについての考え方が含まれている。
なお、考え方や教義の中に含まれる思想的傾向を教団や信者団体が実践しているかどうかは、また別の問題である。
日本および世界における宗教の広がり
日本における宗教
日本における宗教の信者数は、文化庁「宗教年鑑」によると、神道系が約106,00万人、仏教系が約96,00万人、キリスト教系が約200万人、その他約1100万人、合計21500万人となり、日本の総人口の2倍弱の信者数になる。神道系と仏教系だけで2億人をこえる。これは、国家神道や学校教育の年中行事の影響で、多くの日本人が七五三や初詣、あるいは季節の祭りを神社で行い、江戸時代の寺請け制度の影響で、葬式や盆などを仏教式で行うなど、複数の宗教にまたがって儀礼に参加しているためである。もともと日本においては、明治維新以前は神仏習合が一般的で、神道と仏教が分けられない場合が一般的だった。寺院内に鳥居があったり、「八幡大菩薩」と神社の神を仏の呼び方で呼ぶ事例などに名残を見る事ができる。宗教に対する帰属意識は薄く、宗教儀礼に参加しているにもかかわらず自分のことを無宗教と考える日本人も多い。日本で「宗教」が意識され始め、また新宗教などが成立し始めたのも明治時代以降であり、これより前から存在する宗教に対する信者としての自覚は薄い。
明治時代および第二次世界大戦直後には日本国内で様々な新宗教が作られた。新宗教は、現在においても新たに作られており、その状況は「神々のラッシュアワー」と呼ばれている。
世界の宗教
世界の宗教の信者数は、キリスト教の20億人(33%)、イスラム教(イスラーム)13億人(22%)、ヒンドゥー教9億人(15%)、仏教3億6000万人(6%)、儒教・道教2億3000万人(4%)、無宗教8億5000万人(14%)(その他5%程度)である。一般にキリスト教、イスラム教、仏教は世界宗教とよばれ、人種や民族、文化圏の枠を超え広範な人々に広まっている。また、特定の地域や民族にのみ信仰される宗教として、民族宗教と分類される宗教がある。ユダヤ教や神道、ヒンドゥー教などが分類される。ヒンドゥー教はヒンドゥー(文化圏としてのインド)の人々にのみ信仰されているが、様々な語族にまたがる数多くの人々に信仰されている(南アジアおよび東南アジアのバリ島が含まれる。なお、これらの地域には、イスラム教や仏教も伝わっている)。これらよく知られた宗教には、実際には様々な分派が存在する。キリスト教をとっても大別してカトリック、プロテスタント、東方正教などに分かれ、イスラム教もスンナ派、シーア派などが存在する。また、現在においても新宗教(新興宗教)が新たに興っている。このように世界には、様々な世界の宗教が存在する。
また、「宗教」とならび、宗教で重要な地位を占めることの多い「神」の定義も困難である。古代の日本において「カミ」は、人知を超える霊的な力の総体を指すものであり、「かしこきもの」とされる。いわゆる「神様」だけではなく、精霊のようなものも含まれる観念であったと考えられる。一方、漢字の「神」は人の心(死んだ際に抜け出すもの)であり、日本語では「タマ」に近いものと考えられる。また、戦国時代にはキリスト教にある唯一絶対神も含まれる。神も、時代・地域(文化圏)の変化とともに定義が変わってきたものである。
社会や文化、政治や生活と溶け合って存在する宗教は、社会の誕生とともに存在し、全ての社会において何らかの形で存在してきたとする見方もある。ラスコーの洞窟壁画のように、遺跡しか残されていない社会であっても、そこに宗教的な実践があったことが伺うことができる。(ネアンデルタール人の時代には既にあったと思われる)
近代化や都市化、科学の発達、あるいは人権思想の発達などにより、宗教が担ってきた様々な機能が要素が他のものに置き換えられていった。これは言い換えると、政治や科学、あるいは人権思想などは、宗教と同種の部分含まれていると言い換えることもできる。
現代の日本社会では、宗教と科学、宗教と政治は別々のものであるとする考えが一般的である。これは、宗教という概念が欧米から輸入された概念であることが影響していると考えられる。
近世ヨーロッパでは、宗教と科学が別けて考えられる。これは、科学の発達に伴い、聖書の記載内容と自然科学の研究成果が相容れない場合(進化論のダーウィンと教会の対立など)が多くなったとき、つまり宗教と科学が対立した場合に科学的事実よりカトリックの聖書の見方を優先させられたガリレオ・ガリレイの逸話などが広く普及しているためと考えられる。実際、近代以降では、一般には聖書の記述内容と科学は別のものとして、矛盾があったとしても別のものとして扱うのが一般的である。
国家と宗教のかかわり方には、現実には様々な形がとられている。日本では建前上は政教分離の原則が取られているが、これは、欧米で一般に政教分離の原則が取られており、日本も欧米にあわせたためである。欧米では近世から近代にかけて、西欧では政治への教会の介入を避けるために、北米ではイギリスから信教の自由を守るために、宗教権力と政治権力を分離するように進められたためである。しかしながら現代社会においてもなお、ヨーロッパにおいて宗教系の政党が存在するなど、宗教と政治は完全に分離したわけではない。なお、ヨーロッパにおいては、フランスが政教分離に比較的厳密であり、公共の場において宗教を表すことがはばかられる。(例えば公立の学校にイスラム教徒の女生徒がスカーフをしたまま登校するという「事件」が、公共の場に宗教を持ち込んだとしてメディアを賑わす大騒動となったことがある。)マルクスを起源とする共産主義国家においては、実情は様々だが、建前上は一般に宗教が否定されていた。一般にイスラム世界においては、宗教と社会を分けて考えない意識が歴然として存在する。西欧近代と大胆に接近し、最も西欧的なイスラム教国であると言われ、西欧のやり方を導入して政教分離を定めているトルコでさえ庶民のレヴェルにおいては宗教=社会という観念がしばしば見られる。いわんや「イスラム色」の強い、保守的と言われるイランやサウジアラビアでは尚更である。また、中東から東南アジアの国々において宗教の権威が政治に対し影響力をもつ事例は多い。特にこの地域には国教を定めている国が数多く存在する。国家の最高権力者と宗教のリーダーが同じである場合もイスラム革命後のイランなど極一部に存在する。また、最高権力者が宗教のリーダーによって任命や、承認される事例もある。もし天皇家を神道のリーダーとみなすならば、形式的とはいえ日本もこの例に当てはまる。このように、宗教と国家のかかわり方は、現在においても様々である。
なお、現代では信教の自由が国家により保証されている場合が一般的であり、自らが信仰する宗教を自ら選択することができる。教義は個々の信者の解釈によって変わることがあり、時にはそれが新宗教の成立に繋がる場合もある。
現在、日本には、神道系89,568団体、仏教系86,751団体、キリスト教系9,224団体、諸教41,441団体が存在する(平成10年12月31日現在、文化庁「宗教年鑑」(宗教統計調査)による)。
定義、および定義をめぐる諸問題
宗教の対象が普遍的・究極的なものである場合が多いためか、「宗教」という単語に対しても、厳密な定義があるかのように考えられる場合がある。しかしながら日本語の「宗教」という語自体の定義は明治以降に広まったものであり、また百数十年の間にも変化しているものである。また、日本語以外の「宗教」に相当する単語は、各言語の歴史的・文化的敬意を経て意味が確立しているため、厳密にはそれぞれ別の意味を持つ語である。そのため、「宗教」という言葉がどのような意味で使われているのかは、文章中の定義や文脈で判断する必要がある。
また、宗教を広義にとらえると、その構成要素には社会や文化や生活、思想や道徳など、非常に広範な物事が含まれる。その宗教の中に生きている人間は通常宗教を意識しない。宗教は、他の宗教との接触があった場合や政治権力が宗教的権力と対立した場合、理科学的事実と経典内容に矛盾が存在した場合、あるいは聖と俗など非日常的なものと比較的日常に属するものの区別を行う場合に表面化する。このため、キリスト教に対する未開の宗教、政治権力に対する宗教教団、科学による世界観に対する宗教的世界観、日常生活に対する祭り、などの形を通して宗教は意識される。顕在化した宗教意識は場合によって視点が異なるため、「宗教」という言葉が指す内容も場合により異なる原因になる。
宗教の定義に関する一般的な問題として、以下の問題がある。
このように人々や社会の営みのあり方が宗教と非宗教の区別を持たないケースがあること、また、そうした区別が仮に研究者によって見出されることがあるとしても、当事者は意識しているとは限らないこと、などは宗教の定義を困難にしている一因だと考えられる。 宗教の表現形式
宗教は、様々な表現形式を通して、時間や空間を超えて伝えられている。神話や伝説、教典の内容や教義は、口伝や詠唱、詩、や書物を通して伝えられる。また、通過儀礼や年中行事などの儀礼を通して伝えられる場合や、生活習慣や文化の中に織り込まれる場合もある。食事の際に生産者や自然に感謝をする場合などがこれにふくまれる。
また、絵画や彫刻などの芸術、音楽、舞踏、建築などを通して伝えられる場合もある。その他、宗教の諸側面
また、宗教は価値観や世界観、思想的な傾向を提示するだけではなく、物事の概念を明確化する働きもある。正月、クリスマス、ハロウィンなどの年中行事を通して時間の進行を明確化し、成人式や結婚式、葬式などの通過儀礼を通して社会的役割の変化を象徴的に体験させ適応させる、神話を通して人生の雛型や世界観を提示する、戒律や道徳観を通し人の生活にルールを与えることなどがある。このように宗教は、人々が生活する世界を形作っているものであり、生活や文化と不可分である場合も珍しくないといえる。宗教が何であるかを定義することが難しい大きな原因の一つでもある。
歴史的には、宗教は、現代では政治や科学が担っている活動や思想も含む、非常に包括的なものであった。日本語の「まつりごと」が「政」「祭」「祀」などの字が使われいる点にも、宗教と政治が一体(祭政一致・政教非分離)だった名残が見て取れる。現代日本における宗教団体
日本において宗教団体は宗教法人として法人格を得ることができる。都道府県知事もしくは文部科学大臣の認証をえて、事務所所在地において設立の登記をすることにより成立する。民間信仰や新宗教などの宗教団体の中には法人格を得ていない場合も多い。日本の主な宗教問題
宗教の分類
宗教の種類
関連事項
外部リンク
参考文献
nds:Religion
simple:Religion