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釈迦を仏陀(buddha)と尊崇し、その教え(法)を理解し、禅定(ぜんじょう)などの実践修行によってさとりを得、煩悩をのぞき、苦から解脱(げだつ)して涅槃の境地に入ることを目標とする。
また、初期仏教には具体的に崇拝するシンボルは無かったが、紀元前後にガンダーラ(現在のパキスタン北部)で仏像が製作されるようになって以降、現在は如来・菩薩・明神など、さまざまな崇拝対象がある。 しかし、仏教の教えに従えば、仏像自体に価値があるわけではないことはもちろんである。
| Table of contents |
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2 歴史(仏教の伝播) 3 関連項目 4 外部リンク |
仏教の教えには神は存在せず、ユダヤ教やヒンズー教のように特別な人格からの託宣に従わなければならないという意味合いでは、いわゆる啓示宗教ではなく、考え方または在り方の側面が強い。また、実践においては、認識論的な手法が用いられ、さとりも現実をどのように認識するかによって得られると考えるべきであろう。
仏教に神が存在しないのは、「人は皆平等」説かれるため、特別な存在はないのである。
このことから、釈迦も仏教の開祖ではあるが神のような全能な人格ではないことは言うまでもない。
釈迦が入滅(仏滅)して後、出家者集団(僧伽)(サンガ)は個人個人が聞いた釈迦の言葉(仏典)を集める作業(結集)を行った。仏典は、この時には口誦によって伝承され、後に文字化される。
僧伽は、仏滅後100年ごろ、教義の解釈によって上座部と大衆部の二つに大きく分裂(根本分裂)する。
時代とともに、この二派はさらに多くの部派に分裂する。この時代の仏教を部派仏教と呼ばれる。
部派仏教の上座部の一部は、スリランカに伝わり、さらに、タイなど東南アジアに伝わり、現在も広く残っている(南伝仏教)。
このグループの仏教は、「自己の救いのみを目的とする」として、以前は後述の大乗仏教側から小乗仏教と呼ばれていた。
紀元前後、在家者と釈迦の墓(仏塔)(ストゥーパ)の守護者たちの間から、出家することなく在家のままでも仏となる教え(大乗仏教)が起こる。
この考え方は急速に広まり、アフガニスタンから中央アジアを経由して、中国・日本に伝わっている(北伝仏教)。
7世紀ごろベンガル地方で、タントラ教(Tantra)と深い関係を持った密教が盛んになった。この密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成し、秘密の儀式によって究竟の境地に達することができ仏となること(即身成仏)ができるとする。
特徴
歴史(仏教の伝播)
密教は、インドからチベット・ブータンへ、さらに中国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。関連項目