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冷戦(冷たい戦争、Cold War)は、第二次世界大戦後の世界を二分した、共産主義(社会主義)と資本主義の対立構造。1945年から1991年。
それぞれの中心の国同士が、直接、武力衝突する戦争を伴わなかったため、直接衝突による「熱い戦争」に対して、「冷たい戦争」と呼ばれた。(米の政治評論家ウォルター・リップマンの造語)
| Table of contents |
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2 軍備拡張と代理戦争 3 終結 4 総括 |
二つの陣営
ソビエト連邦を中心とした共産主義(社会主義)の陣営(共産圏)は、東欧に集まっていたことから東側と呼ばれ、ワルシャワ条約機構を結成した。
対する、アメリカ合衆国を中心とした資本主義陣営は西側と呼ばれ、北大西洋条約機構を結成した。 この他にも、アジア、中東、南米などで、それぞれの支援する機構や同盟が生まれ、世界を二分した。この二つの陣営の間は、経済的、人的、情報の交流が少なく、「鉄のカーテンが降ろされている」と言われた。
このどちらにも属さない開発途上国は、第三世界と呼ばれ、それぞれの陣営の綱引きに遭った。この二つの対立構造を「大国の覇権主義」と否定した国々は、非同盟主義を主張し、第三世界の連帯を図る動きもあった。
軍備拡張と代理戦争
互いを常に「仮想敵国」と想定し、お互いの勢力の拡大を競い合い、軍備拡張が続いた。この象徴的な存在が、核兵器開発と宇宙開発の競争である。両陣営はそれぞれ核兵器を所持するようになる。
ソ連とアメリカの直接衝突は、核兵器の脅威による牽制で、発生しなかった。 その一方、第三世界の諸国では、各陣営の支援の元で、実際の戦火が上がった。これは、二つの大国の熱い戦争を肩代わりする、代理戦争と呼ばれた。
主な代理戦争
アメリカはアメリカ病と呼ばれる経済不振、犯罪の増加、モラルの低下に悩まされ、財政難による軍事拡張の限界と、ベトナム戦争を契機とする反戦運動で、威信が低下する。
ソ連は共産主義経済の失敗、軍事費の負担から経済が破綻し、共産圏の箍が緩み始める。