天保13年(1842年)7月、水戸藩第九代藩主徳川斉昭によって造園された。 斉昭は、千波湖に臨む七面山を切り開き、弘道館で文武修行する藩士の休養の場とすると同時に、 領民と偕(とも)に楽しむ場にしたいとして「偕楽園」と名づけた。
広さは約13ha。園内には合わせて100種3000本の梅が植えられている。
毎年二月下旬から三月下旬にかけて「梅まつり」が行われる。
園内には「好文亭」があり、その名は梅の異名「好文木」に由来する。 好文亭は1945年の水戸空襲で焼失したが、1972年に復元された。