|
|
北伐(ほくばつ)とは北に敵国がある場合にそこへ向けて軍を起こすことを言う。中国は地理上の条件から南北に分裂しやすい体質を持っており、しかも北には漢民族の文化的故郷とも言うべき黄河があり、南は経済的に北を圧する力を持っていた。故に北に割拠した国は南を征服する事を望み、南に割拠した国は自分達の故郷を取り戻す事を望んだ。中国歴史上、北伐と名乗る戦争は歴代にある。
辛亥革命後、中国全土は軍閥割拠状態になり、その状態は中国革命を全国的に展開することが不利であると孫文の国民党政府は判断し、華僑、ソ連政府の援助により、国民革命軍を設立した。当時中国で最も勢力が大きかったのは元北洋軍の残党の北洋軍閥だった。彼らは相対的に豊かな北中国を拠点にし、10省あまりの領地をその手に治めた。1926年、国民党と共産党の協力により、広州革命政府による軍閥の討伐戦争が始まった。7月1日、国民政府は北伐宣言を発表し、9月蒋介石は中核としての国民革命軍を北伐軍と称し、広州から出発した。9月26日、綏遠の馮玉祥部軍閥は、革命軍に参加し、北中国で北洋軍閥の討伐が始まった。
1927年、北伐軍は武昌を収復し,広州国民政府は武漢へ遷都した。4月国民政府の国民党と共産党両派が分裂し、上海、武漢などの地方で、国民軍内部から共産党を掃討する運動が始まった。その結果革命軍が分裂し、一部革命軍に参加した旧軍閥も元通りに戻り、北伐は失敗した。これを第一次北伐とも第一次国内革命戦争とも言う。
北伐戦争
三国時代、蜀漢の諸葛亮らによる魏侵攻