|
|
| Table of contents |
|
2 江戸時代以降 |
室町戦国~安土桃山時代
室町幕府の御家人伊勢氏の一族とされる伊勢新九郎(早雲庵宗瑞)が、1476年の今川氏の内紛の際、甥にあたる今川氏親を助けた功績により駿河国興国寺城を与えられて力を蓄え、1491年に足利氏の堀越公方を滅ぼして伊豆国を領有して戦国大名として興った。1495年に小田原城を奪って本拠地を移し、1516年に三浦氏を滅ぼして相模国全域を征服。宗瑞の子氏綱のとき、姓を伊勢から北条に改め、後北条氏を起こした(遡って宗瑞をふつう北条早雲と呼ぶ)。
北条氏綱以降、北条氏康、北条氏政、北条氏直と小田原城を本拠に五代続き、関東管領の上杉氏や関東公方足利氏を追って関東地方に勢力を振るったが、西日本を統一した豊臣氏への服従を拒否したため、1590年に豊臣秀吉の征伐を受け、滅亡した。
一族
数字は当主継承順位
主要家臣
主要家臣団
支配城
江戸時代以降
滅亡の際、隠居の氏政は切腹させられたが当主の氏直は助命されて高野山に流された。翌1591年、氏直は死去するにあたって北条氏の家督を叔父北条氏規の子氏盛に譲り、氏盛の子孫が河内国狭山藩1万1千石の藩主として北条氏の家名を存続させた。