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| Table of contents |
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2 受賞歴 3 作品リスト 4 外部リンク |
経歴
京都大学文学部在籍中に同人誌「京大作家集団」の活動に参加。筆名の左京は大学時代住んでいた京都市左京区からとったものである。また、この時期にモリミノル名義で『イワンの馬鹿』、『大地底海』等の漫画作品を発表しており、直前に手塚治虫がデビューしていたことの影響が窺える。
1954年に大学を卒業した後は、経済誌『アトム』の記者・父親の工場の手伝い・ラジオのニュース漫才の台本執筆等の職を経験する。この頃早川書房が創刊した『SFマガジン』創刊号と出会う。
1961年、早川書房主催の第1回空想科学小説コンテス(SFコンテストの前身)に応募した『地には平和を』が努力賞に入選、翌年の第2回SFコンテストで『お茶漬けの味』が第三席となったが、それを待つことなく『SFマガジン』(1962年10月号)に掲載された『易仙逃里記』でデビューし、常連に加わる。
以来、様々なジャンルにわたるおびただしい数の長短編作品やショートショートを世に送り出し、日本のSFを牽引してきた。
『日本沈没』、『復活の日』、『さよならジュピター』、『首都消失』などが映画化されている。
1970年の日本万国博覧会ではサブ・テーマ委員、テーマ館サブ・プロデューサーを務め、1990年から5回にわたり「大阪咲かそ」シンポジウムのプロデュースを担当するなど執筆以外の活動も多岐にわたっている。