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ゲリラは、戦線を作らず、小規模の部隊に分かれ、会戦を徹底して回避して、小規模な襲撃と待ち伏せをもって戦争を継続する方法、そのような展開になった戦争、さらにそうした戦争を行なう組織を言う。
半島戦争でフランスに抗して蜂起したスペイン軍のとった作戦を、ゲリリャ(guerrilla、小戦争)と呼んだのが、ゲリラの語源である。しかし、ゲリラという言葉が生まれるずっと前の古代から、ゲリラ戦は存在していた。
ゲリラの対極におかれる正規軍・正規戦の概念を理念型にすれば、位置と意図を完全に暴露した軍隊が、常に全戦力を集中し、会戦だけを目標にするといったものになるはずだが、そのような行動は正規軍にとっても合理的なものではない。ゲリラ戦を遂行するものにとっても、特定の根拠地・後方を持たず、戦力を常に分散するといったゲリラ的行動は望んで固執することではない。会戦を回避する機動的な正規軍の行動と、強力なゲリラの行動との境界は明確ではなく、連続面がある。
現代においてゲリラ戦の有効性を実証し、目覚ましい成功をおさめたのは、毛沢東が率いた中国共産党の軍隊であった。彼は、都市蜂起戦術を批判し、山岳を根拠地とする農村ゲリラをはじめた。背景には中国史に数ある農民反乱の伝統があったが、毛沢東は単純に農民の数をあてにするのではなく、険阻な山岳に士気の高いゲリラ軍が入って長期抗戦の体勢を整え、それを一般の農民が支援するというスタイルを編み出した。
第二次世界大戦では、中国、ソ連、ユーゴスラビア、フランスなど、枢軸国の侵攻を受けた諸国で占領軍に対するゲリラ戦が展開された。ヨーロッパのゲリラは、特にパルチザンと呼ばれた。これらのゲリラの主任務は、正規軍と連携し、戦線の後方で破壊活動や情報収集をすることであった。ただし、中国とユーゴスラビアのゲリラは山岳地から勢力を拡大して都市の争奪にまで乗り出した。
第二次世界大戦の終了後、アジアとアフリカの植民地で独立運動が盛んになった。その中で、宗主国を相手に独立戦争をはじめるものも現れた。独立戦争のほとんどはゲリラ戦の形をとった。中でもアルジェリア独立戦争、インドシナ戦争、ベトナム戦争では、ゲリラ戦が重要な役割を担った。
独立後、主としてアジアで、毛沢東の思想的影響を受けて革命を目指すゲリラが興ったが、大半が失敗した。中国の影響下にはないキューバのカストロとゲバラの反独裁ゲリラが成功をおさめた。その後、中南米ではキューバの影響をうけて独裁や軍事政権に反対するゲリラが起こされた。ニカラグアのサンディニスタ革命など成功するものもあったが、多くは敗北するか、長引く内戦ですべての当事者が疲弊する結果に終わった。1990年代になるとその一部は麻薬取引に資金源を見出すようになった。
アジアとアフリカには、国内少数民族による独立要求が多くある。その一部もゲリラ戦の形で戦争を行なっている。
さらに、強力な外国軍と戦うイスラム・ゲリラがある。パレスチナのゲリラは、アラブ諸国がイスラエルに敗北してから、イスラエル領内に越境攻撃を行なった。アフガニスタンでは侵攻して来たソビエト連邦やアメリカ合衆国に対してゲリラ戦が起こった。2003年現在にはアメリカ合衆国に対するゲリラ戦がイラクで展開されている。語源と分類
現代のゲリラ
農村ゲリラの歴史