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卑弥呼

卑弥呼ひみこ、生年不詳 - 248年)は、古代日本にあった邪馬台国の支配者。
(日本語読みのため正確な発音は不明。女王を意味する「ひめみこ」を音写したものという説もある)

魏志倭人伝にのみ記録されており、それによると、卑弥呼は鬼道に仕え、その霊力でうまく人心を惑わしていたという(この鬼道惑わしていたの意味には諸説あるが正確な内容については不明)。高齢であったが夫を持たず、弟の男王がいて彼女の政治を助けていたらしい。女王となってから後は、彼女を見た者は少なく、ただ一人の男子だけが飲食を給仕するとともに、神託をうけるために彼女のもとに出入りをしていた。宮室は楼観や城柵を厳しく設けていたとのこと。

卑弥呼が死亡したときには、人は直径百余歩もある大きな塚を作り、奴稗百余人を殉葬したとされている。

ヒストリー

卑弥呼は誰であるか

卑弥呼が、
古事記日本書紀に書かれている誰にあたるかが、古来から議論されていた。誰に相当するかによって、日本古代史は大幅に変わりうる。

現在、最も有力な説。卑弥呼の没したとされる年の前後に1回、北九州で皆既日食がおきたことが天文学的計算より明らかになっており、古事記日本書紀における天岩戸に天照大神が隠れたという記事に相当するのではないかと考えられている。また統計学的手法によって、天皇の平均在位年を求めると、丁度卑弥呼が生きていた時代に、天照大神が生きていた計算になる。
また、このような説もある。皆既日食が発生したことで、太陽神(日=ヒ)に仕える巫女(=ミコ)である卑弥呼の霊力がなくなったしてと、邪馬台国の人々が、卑弥呼を惨殺した。そして、皆既日食が終わったあとに、邪馬台国は混乱したが、台与を新たな太陽神に仕える巫女として選んだ。このことが、古事記日本書紀において、天岩戸に一度隠れた天照大神が再び出てきた(=復活した)という記事につながっていったのだと考えられる。
卑弥呼が天照大神であるという説によれば、邪馬台国は九州にあり、卑弥呼の子孫(=神武天皇)が、九州から畿内へと征服を行ったと考えられる。
日本書紀においては、神功皇后紀において、魏志倭人伝の中の卑弥呼に関する記事を引用している。このため、江戸時代までは、卑弥呼イコール神功皇后だと考えられていた。この説にたてば、邪馬台国大和朝廷が拠った畿内にあったことになる。ただ彼女の息子(応神天皇)とされる八幡神は宇佐神宮(宇佐八幡宮、大分県宇佐市)を総本宮として祀られており、彼女自身の祭殿もそこにはある。




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