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兄リチャード1世が戦いに明け暮れ長くイングランドを留守にしたため、イングランド王の勢力を削ごうとするフランスに唆されて王位簒奪を夢見ていた。
1199年、リチャード1世が中部フランスで戦死するとイングランド王を継承した。王位に就いたジョンはフランス国内の領土をめぐって、フランス王フィリップ尊厳王をはじめとするフランスの諸侯と対立し、その戦いにことごとく破れ1214年までに多くの領土を失った。また、1208年にはカンタベリー大司教の任命をめぐって、ローマ教皇インノケンティウス3世と争い破門されると、1213年に謝罪してその軍門に下った。
こうした外交政策の失敗の後、課税をめぐってイングランド国内の諸侯の反発を招き、1215年にマグナカルタが成立して王権に制限が加えられ、翌年、失意のうちに死亡した。
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