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メフメト2世

「征服王」メフメト2世は、オスマン帝国スルタンである。(在位1444年から1446年1451年から1481年の2回)

メフメト2世は、1453年コンスタンティノープルを攻略し、残ったアナトリアやバルカン半島の領土を征服して、ビザンティン帝国を滅亡させた。コンスタンティノープルバルカン半島の諸王国、アナトリアのトルコ人領土に対する征服の成功は、オスマン帝国の名声と威信を一気に高める結果となった。これによりオスマン帝国は、はじめて帝国として認識されるようになった。

イタリアの町オトラントまで遠征して占領したことや、自らをローマ帝国カエサルと並び称したことから推測すると、 メフメト2世はかつての東ローマ帝国のような繁栄をこの地域に取り戻そうとしたと思われる。 同じような理由で、彼は、イタリアの人文主義者やギリシャの学者たちを彼の宮廷に集めたり、 東方正教会の活動を維持させたり、 また、総主教に命じて、キリスト教の信仰をトルコ語に翻訳させたり、ヴェネチアからジェンティーレ・ベルリーニを呼び寄せて、自分の肖像画を描かせりした。

彼は、のちの時代の通称「立法者」スレイマンよりもかなり前に、刑罰や社会の法律を法典に編纂した最初のスルタンであり、 また「世界の王」というオスマン帝国スルタンのイメージを確立させた。コンスタンティノープルにはさまざまな大学や教育施設があったが、 メフメト2世の征服後も依然として使われ、現在まで続いているものもある。


先代
ムラト2世
1421年-1451年
メフメト2世
1451年 to 1481年
後代
バヤジット2世
1481年-1512年





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