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ローマ教皇ユリウス2世(1443年 - 1513年2月21日、在位:1503年 - 1513年2月21日)はイタリア・ルネサンス期の聖職者、政治家。出生名はジュリアーノ・デッラ・ロヴェーレ、出身地はサヴォナ。
ローマ・カトリック教会の行政に手腕を発揮したロヴェーレは、ローマ教皇アレクサンドル6世の後継者、ピウス3世の急逝後、ローマ教皇に選出された。教皇としては、イタリアの統一に尽力すると共に、以前から進められていたサン・ピエトロ寺院を含むヴァティカン宮殿の再建・整備を受け継ぎ、ルネサンス美術の保護者となった。
アレクサンドル6世とその息子チェーザレ・ボルジアの元で縮小され弱体化した教皇領を回復し、諸侯を糾合してヴェネツィア共和国に対抗した。のちにはヴェネツィア他と「神聖同盟」を結び、フランスの干渉に抵抗した。
これらの財源の主な調達先としてドイツでの贖宥状販売があった。ユリウス2世の死後、マルティン・ルターは贖宥状に最初は神学的な、のちには政治的理由からの反対を唱え、宗教改革の先鞭を切った。
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