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九州大学(きゅうしゅうだいがく)は、旧帝国大学の一つ、九州帝国大学を起源とする日本の国立大学の一つである。
通称九大(きゅうだい)。その学生を福岡ではいも九(いもきゅう)と呼ぶ。
| Table of contents |
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2 キャンパス 3 現在の組織 4 大学院の形態 5 九大の伝説 6 外部リンク |
歴史
帝国大学令公布以来、九州に大学を設置する機運が高まり、明治33年(1900年)1月29日に第14回帝国議会において九州東北帝国大学設置建議案が可決された。
明治36年(1903年)京都帝国大学の一分科大学として福岡医科大学が設置された(九州帝国大学でないのは当時は帝国大学令により単科大学は認められなかったため)。これが九州大学の直接の母体となる。
明治43年(1910年)12月、勅令第448号をもって九州帝国大学が設立。同時に九州帝国大学工科大学官制が公布され、翌年(1911年)1月施行された。同年3月31日、九州帝国大学官制の公布により工科大学官制が廃止され、京都帝国大学福岡医科大学が九州帝国大学医科大学となり、ここに医科大学と工科大学を擁する九州帝国大学が成立する。明くる4月1日、官制が施行され、総長に元東京帝国大学総長山川健次郎理学博士が迎えられた。
大正8年(1919年)2月帝国大学令が改正され、各分科大学は医学部、工学部になり農学部が設置された。大正14年(1925年)に法文学部が、昭和14年(1939年)に理学部が設置された。
昭和22年(1947年)、九州大学に改称。昭和24年(1949年)、法文学部が文学部、法学部、経済学部に改組された。同年、文学部から教育学部が分離、福岡高等学校、久留米工業専門学校、旧制九州大学を統合し、新制九州大学に移行した。
昭和39年(1964年)薬学部が、昭和42年(1967年)歯学部が設置される。
平成12年(2000年)学府・研究院制度を導入、また新しい学部教育の試みとして21世紀プログラムが開始された。平成15年(2003年)10月、九州芸術工科大学と統合。
キャンパス
九州大学には5つのキャンパスがある。現在のキャンパス
医学部、歯学部は初年度の一年間、その他の学部は一年半を六本松キャンパスに通う。六本松時代には「箱崎(馬出)キャンパスに行く」曜日があり、それを「箱崎日」、「馬出日」、「箱日」、「馬日」などと呼ぶ。
飛行機が上空を通過し、かつては建設中の大型計算機施設(現情報基盤センター)にアメリカ軍のジェット戦闘機が墜落し大騒ぎになった。
九大の赤本の表紙にある建物は工学部本館で大正時代に建築された。結構雰囲気の良い建物。
食堂がつぶれて入れ替わったりする。
移転後
九州大学は平成17年度後期から10年間をかけて、箱崎、六本松キャンパスの設備・組織を福岡市西区の元岡地区に移動することになっている。
移転に関しては、「飛行機がうるさくなくなる」という話から「不便な場所に移動したら、人の繋がりを研究する文系などには致命的だ」という話まで、賛否両論がある。
「理学部の土地が狭いから、広げるために移転するんだ」といううわさ話があるくらい、混沌としている。
ちなみに、飛行機が上空を飛んでいるというのも理由の一つ。
六本松、箱崎の土地を売るお金で元岡に移動するのだが、地価の下落で赤字がほぼ確実。
現在の組織
九州大学は16学府/研究院 11学部を持つ総合大学である。
平成15年10月からは九州芸術工科大学と統合し、様々な学問領域を研究する、非常に豊かで楽しい大学になった。学部
九州大学の学部は11学部ある。
入学試験の形態は、理科系文科系で問題が異なる(英語と数学の一部問題は一緒)。
(九州大学概要 平成15年10月1日編を参考に記述)
学府/研究院
九州大学の学府/研究院はそれぞれ16組織ある。
大学院の形態
九州大学の組織は「学府/研究院」の制度をとっている。
これは、研究機関としての大学組織を「研究院」、教育機関としての大学組織を「学府」とする事により、研究機関としての組織を形成すること、教育機関としての組織を形成する事を分ける事で柔軟に対応しようという取り組みである。