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司祭階級は特殊な力を持ち、神に近い存在とされ敬われる。司祭階級はブラフミンまたはブラフマンと呼ばれ、宇宙の根本原理の神格(人格神)であるブラフマーと等しいとされる。バラモンはブラフマンの中国での音訳で、婆羅門と書かれる。
バラモン教という名前は、後になってヨーロッパ人がつけた名前である。バラモン教の名前は、仏教以降に再編成されて出来たヒンドゥー教と区別するためにつけられた。 実はヒンドゥー教という名前もヨーロッパ人によってつけられた名前で特にヒンドゥー教全体をまとめて呼ぶ名前もなかった。ヨーロッパ人?確かインドにイスラーム勢力が入って来た時ムスリム(イスラームという宗教を信仰する人)と区別するために「ヒンドゥー教徒」という名前が出来たのではなかったか?
最高神は一定していない。儀式ごとにその崇拝の対象となる神を最高神の位置に置く。
階級制度であるカースト制をもつ。(ポルトガル語のカスタ(血統)より?)司祭階級バラモン(ブラフミン)が最上位で、王族(クシャトリア)、庶民(ヴァイシャ)、 (スードラ、シュードラ)によりなる。カーストの移動は不可能で、カースト間の結婚はできない。(する場合もあったような・・・)
紀元前13世紀頃、アーリア人がインドに侵入し、インダス文明などを構成した先住民族であるドラヴィダ人を支配する過程(インダス文明を構成したのはドラヴィダ人である、との証拠は何もでてきていない)でバラモン教が形作られた。同じ紀元前13世紀にメソポタミアのヒッタイト帝国が突然滅亡している。
紀元前10世紀頃、アーリア人とドラヴィタ人の混血が始まり、宗教の融合が始まる。
紀元前5世紀頃に、4大ヴェーダが現在の形で成立し、宗教としての形がまとめられ、ブラフミン階級の特別性がはっきりと示される。
紀元前5世紀頃、バラモン教があくまでブラフミン階級の特別性を主張するのに反発して、多くの新しい宗教や思想がが生まれる(確か新思想が生まれてきたのには経済的に豊かになってきたこと(繁栄)と関連があるのでは?)。この中に、現在も残っている仏教やジャイナ教が含まれる。
紀元前5世紀、仏教がバラモン教の伝統の一部を含んで成立し独立。カーストを否定し、バラモンの特殊性を否定したため、バラモンの支配を良く思っていなかった王族のクシャトリアに支持されて行く。
1世紀前後、地域の民族宗教、民間信仰を取り込んで行く形でシヴァ神やヴィシュヌ神の地位が高まって行く。
1世紀頃にはバラモン教の勢力は失われて行った。
4世紀になり他のインドの民族宗教などを取り込み再構成され、ヒンドゥー教へと発展・継承された。
しかし、必ずしもヒンドゥー教はバラモン教に等しいわけではない。たとえば、バラモン教に置いては、中心となる神は、インドラ、ヴァルナ、アグニなどであったが、ヒンドゥー教においては、バラモン教では脇役的な役割しかしていなかったヴィシュヌやシヴァが重要な神となった。
ヒンドゥー教でもヴェーダを聖典としているが、叙事詩(ギータ) マハーバーラタ、ラーマーヤナ、プラーナなどの神話が重要となっている。