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エリザベス1世 (イングランド女王)

別名「グロリアーナ」。大英帝国の基礎を築いた女王。 チューダー王朝4代目の国王。1534年9月、ヘンリー8世と第二王妃アン・ブーリンの間に生まれた。 父のヘンリー8世はアン・ブーリンと結婚するため最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンとの 離婚を法王庁に要請するが許可がおりないために、法王庁と断絶。 英国が「独立したエンパイア」であることを宣言して、新たに「英国国教会」を樹立した。 そして「国王至上法」によって、英国内において国王こそ、政治的宗教的にも至高の存在であること を位置づけた。 エリザベスは、ヘンリー8世の死後過激な新教徒優遇政策をとったエドワード6世、カトリックへの回帰を宣言して新教徒を迫害したメアリー1世に続いて1559年1月、即位した。 父の政策を踏襲して再び「国王至上法」を再発令、「礼拝統一法」によって英国国教会を国家の主柱 として位置づけた。69年にはカトリックを信仰する北部諸侯の乱を鎮圧し、70年、法王ピウス5世 から正式に破門宣告されたことから、カトリック勢力により、何度となく暗殺の危険にさらされた。 その一方、87年英国王位を請求していたスコットランド女王メアリー・スチュワートを女王暗殺未遂 の容疑で処刑してスペインとの対立が深刻化、88年スペイン無敵艦隊の侵攻を受けた。 英国側の武装は貧弱であったが、運良く勝利した。 晩年は「囲い込み」による大量の難民に対処しきれず、「貧民救済法」を発令するも効果がなかった。 また、対スペイン戦やアイルランドの反乱鎮圧のために軍事費が増大して、社会不安が増加した。 逼迫した財政立て直しのため独占許可状を乱発するも、議会の猛反対にあい、やむなく撤回するはめ となった。しかし文化的にはシェークスピアをはじめとする文筆家を多数輩出して一大文化を築いた。 1603年3月、後継者に遠戚にあたるスコットランド王ジェームス6世を指名し、崩御した。




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