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エドワード1世 (イングランド王)

エドワード1世Edward I, 1239年6月17日 - 1307年7月7日、 在位1272年 - 1307年)はプランタジネット朝第5代イングランド王。ヘンリー3世の長男。1265年父を助けて改革派の諸侯をイーブシャムの戦いで破り、国政の実権を掌握した。1272年父王が死去したときエドワードは十字軍に遠征中でイングランドを不在にしていたが、諸侯によって国王に推戴された。

1273年帰国して土地保有制度改革や教会裁判権の抑制などの諸政策を次々と打ち出して国内を安定させると、1277年イングランド王への忠誠を拒否したウェールズの支配者ルーウェリンを攻撃し、1301年に長男エドワード皇太子(エドワード2世)をプリンス・オブ・ウェールズと称させた。

1290年スコットランド王家断絶に伴う王位継承問題に介入し、イングランド王がスコットランド王に勝ることを認めさせた。

1294年、ガスコーニュ地方をめぐってフランスとの戦争を開始すると、以後10年間に渡ってフランスやその同盟国であったスコットランドとの抗争に明け暮れた。

1295年、対フランス戦費調達に召集した議会は、聖職者、貴族、州および都市の代表が実状にあって構成されていたため模範議会と呼ばれる。

このころスコットランドがフランスと同盟して反旗を翻すと、1296年スコットランドに侵入してその王を廃位したが、翌年にウォレスを指導者とする反乱が起きた。1298年にフォルカークの戦いでこれを破ったものの、完全に反イングランド勢力を鎮圧することは出来なかった。

1303年フランスと講和するとスコットランドに再度遠征し、1305年、ウォレスを捕らえて処刑することに成功したが、最終的に反イングランド派に推されたロバート・ブルースがスコットランド王に即位した。1207年に3度目のスコットランド遠征の途上病死した。

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