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ピョートル1世 (ロシア皇帝)

(Pyotr I Alekseevich 1672-1725年 在位1682-1725年)はロマノフ朝5代目。モスクワ大公。のちにロシア皇帝を称する。 アレクセイ・ミハイロヴィッチの子。ピョートル大帝とも呼ばれる。妻、エヴドキア。後妻、エカチェリーナ1世。

3歳で父を亡くし、1682年に病弱な兄 フョードルの死去の跡を継いで、異母兄のイヴァン5世とともにロシア皇帝の座に就いた。はじめ摂政の異母姉ソフィア・アレクセーエブナの専横を許していたが、次第に宮廷内で支持者を獲得していくと、1689年にソフィア派を宮廷から追放することに成功した。ピョートル1世は同年イヴァン5世を廃位して単独統治を開始した。

ピョートル1世は1696年にロシア海軍を創設すると、トルコからアゾフ海の制海権を奪って黒海への出口を確保した。1670年に大外交使節団を編成して西欧諸国を視察し先進技術を修得させ軍の近代化を進めた。1700年からバルト海を巡ってスウェーデンと戦いを開始し、1721年にはニスタット講和を結んでバルト地方の支配権を獲得した。

ピョートル1世は貴族と教会を抑えて皇帝権の強化をはかり、産業・教育の改革、行政機関の整備などを進めロシアの近代化に心血を注いだ。このことからロシアはヨーロッパの強国に急成長したが、性急な近代化は様々な社会的矛盾を残すことにもなった。

前のモスクワ大公:
イヴァン5世
次の皇帝:
エカチェリーナ1世




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