紀元前440年ころ古代アテナイ全盛時代に建築され、デロス同盟資金が建築費に流用された。イクチノスが設計し名匠フェイディアスが彫刻に腕を振るった。
中央に巨大なアテナ女神が安置され、様々な大理石の彫刻が破風や壁々を飾って絢爛を極めたが、オスマントルコ時代に弾薬庫として使用されているときに、ジェノバ軍の砲撃を受けて大破した。
その後1800年代になって大英博物館が彫刻の大部分を英国に運んだ。現在では返還運動が行われている。