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クセノポン

クセノポンクセノフォンともいう)は、古代ギリシャ軍人、著述家。アテナイ騎士階級の出身。 

クセノポンは、ソクラテスの弟子で、『ソクラテスの思い出』という書を著した。彼は哲学者ではないため、この書において、ソクラテスの哲学の内容にまでは踏み込めていない。しかしその反面、プラトンのように、ソクラテスの口から自分の考えを述べさせるようなことを行っていないため、ソクラテスの実際の言行を知るには、この書がもっともよいとされている。

クセノポンがソクラテスの弟子になるにあたっては、次のようなことがあったと、ディオゲネス・ラエルティオス著の『ギリシア哲学者列伝』(第2巻第6章)に書かれている。

青年時代、アテナイの町を歩いていると、ソクラテスがやってきて、杖でクセノポンの行く手を阻んだ。ソクラテスは、青年クセノポンに尋ねる。「○○を手に入れるには、どこに行けばよいか知っているか?」。クセノポンが答えると、ソクラテスは畳み掛けるように、さまざまな食料品についてこの質問を繰り返した。クセノポンがいちいちそれに答えると、最後にソクラテスはこう言った。「では、立派な人になるためには、どこに行けばよいか知っているか?」。クセノポンが答えられないでいると、ソクラテスはこう言った。「では、私のところに来て、勉強しなさい」。クセノポンは、この時以降、ソクラテスの弟子になったという。

また、彼は若いころ、ペルシア王の子キュロスが雇ったギリシア傭兵に参加した(紀元前401年紀元前399年)。詳しくは『アナバシス』の項を参照。クセノポンがこのことについてソクラテスに相談すると、ソクラテスは「神様にお伺いをたてろ」と言った。しかしクセノポンは「参加するにあたっては、どの神にお供えをすればいいか」とお伺いをたててしまい、その答えを聞いてしまった。クセノポンは参加したくてたまらなかったのであろう。ソクラテスはしかたなく「『参加するにあたっては』、とお伺いを立ててしまった以上、神様にうそはつけない」として、参加を許したという。しかし、このおかげでクセノポンは師の死(紀元前399年)に立ち会うことができなかった。

『アナバシス』はギリシア傭兵たちがまとめてスパルタに雇われることで終わるが、クセノポンは、そのままスパルタ軍の一員として活躍したようである。そして、とうとうアテナイ軍を敵にまわして戦うはめになってしまった。

このため、クセノポンはペロポネソス戦争当時の敵国であったスパルタに加担して、祖国に弓を引いたということで、アテナイを追放される。追放されたクセノポンはスパルタからオリュムピア近くのスキルスに荘園をもらって住み、悠々自適の生活を送りつつ、狩猟や著述にいそしんだという。その後情勢が変わってアテナイとスパルタが同盟を結ぶと、追放が解かれ、クセノポンはアテナイに帰った。没年は定かではない。

作品リスト:





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