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| 公用語 | アムハラ語 | ||||
| 首都 | アディスアベバ | ||||
| 大統領 | ギルマ・ウォルデギオルギス・ルチャ | ||||
| 首相 | メレス・ゼナウィ | ||||
| 面積 - 総計 - % 水域 | 世界第26位 1,127,127 km² 0.7% | ||||
| 人口 - 総計 - 人口密度 | 世界第16位 67,673,031人 60/km² | ||||
| 独立 - 宣言 - Recognised | (Event Xxxx) (Year) (Year) | ||||
| 通貨 | Birr (ETB) | ||||
| タイムゾーン | UTC+3 | ||||
| 国歌 | Whedefit Gesgeshi Woude Henate Ethiopia (March Forward, Dear Mother Ethiopia) | ||||
| ccTLD | .ET | ||||
| 国際電話番号 | 251 | ||||
主要都市:ディレダワ、ハラル
民族:オロモ人40%、アムハラ人33~35%、ティグレ人7%、ソマリ人4%など
言語:公用語はアムハラ語。知識層には英語が通じる事も多い。他にオロモ語、ティグレ語、ソマリ語。独自文章語としてゲエズ語も存在。
宗教:キリスト教のコプト派(エチオピア正教)が国教で国民の50%。他にイスラーム30%、カトリック、アニミズムなど。
列強のアフリカ分割を乗り切り独立を保った古くからの独立国。近代エチオピアは19世紀半ばのテオドロス2世の頃に始まったとされる。メネリク2世の19世紀末に2度イタリアの侵略を受けたが、これを退けた。1936年~1941年イタリアの植民地。1952年にエリトリアと連邦をくんだが、1962年にはこれを併合。
1973年東部のオガデン地方のソマリ人の反政府闘争、および干ばつによる10万人餓死という惨状、オイル・ショックによる物価高騰が引き金となり、アディスアベバのデモ騒乱から陸軍の反乱が起こり、最後の皇帝であるハイレ・セラシエは1974年9月軍部によって逮捕・廃位させられた(1975年の帝政廃止)。軍部は臨時軍事評議会(PMAC)を設置、12月に社会主義国家を宣言。1977年2月ににメンギスツがPMAC議長就任。恐怖独裁政治や粛正により数10万人が殺害されたとされる。1987年の国民投票でPMACを廃止、メンギスツは大統領に就任し、エチオピア人民民主共和国(People's Democratic Republic of Ethiopia)を樹立、勤労労働党による一党独裁制を敷いた。
エリトリア、ティグレ、オガデンの各地方での反政府勢力との戦闘の結果、メンギスツ大統領は1991年5月にジンバブエへ亡命。ティグレ人中心のエチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)のメレス書記長が暫定大統領、次いで1995年8月には新憲法が制定されネガソ情報相が正式大統領、メレスは事実上の最高指導者である首相に就任、国名をエチオピア連邦民主共和国と改称。
1998年5月12日、エリトリアと国境付近の領有権をめぐり戦争に発展。2000年5月、エリトリア軍が撤退を表明。メレス首相は6月、アフリカ統一機構(OAU)の停戦提案を受け入れた。7月、国連の安全保障理事会はPKOである国連エチオピア・エリトリア派遣団(UNMEE)設置を決定。
2000年5月の総選挙で与党EPRDFが圧勝。10月10日にはメレス首相再選。2001年2月、エリトリアと国境に臨時緩衝地帯を設置することで合意。10月8日、ネガソ大統領の任期満了を受け、ギルマ人民代表議会(下院)議員が新大統領に。
政治体制:連邦共和制、首相に実権
大統領:ギルマ・ウォルドギオルギス(Girma Woldgiorgis、2001年10月8日就任、任期6年)
首相:メレス・ゼナウィ(Meles Zenawi、1995年8月22日就任、エチオピア人民革命民主戦線書記長)
議会:二院制。上院に当たる連邦議会(117議席)、下院に当たる人民代表議会(548議席)
主要政党:エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)、南エチオピア人民民主連合、オロモ国民会議
反政府勢力:統一オロモ解放戦線(UOLF、オロモ解放戦線など4組織で構成)
1980年代の飢餓以来、一時食糧自給を達成した時期を除き厳しい経済状態が続く。現在では成長率約8%(2001年)を記録するなど好転としいるが、依然として世界最貧国の1つ。主要産業である農業は機械化が進まず生産性が低い。エリトリア独立に伴い内陸国となったため、隣国ジブチのジブチ港およびジブチ鉄道を有料で利用。
主要産業:農業(コーヒー、穀類)、畜産業、アディスアベバで若干の工業(繊維、食品加工など)
通貨:ブル(birr、ビルとも)
国内総生産:64億米ドル(一人当たり100USドル、2001年)
陸軍25万人、空軍2,500人。2002年の国防予算は総予算の中で非常に高率を占める4億8,100万米ドルで、国家予算を著しく圧迫。政治
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