サーサーン朝(ササン朝、226年 - 651年)はイラン高原・メソポタミアなどを支配したイラン人の王朝。ササン朝ペルシアとも呼ばれる。首都はクテシフォン(現在はイラク領)。
歴史 208年 バーバクがパールス地方を統一。サーサーン朝の基礎を起こす。 226年 アルダシール1世がパルティア(アルサケス朝)を滅ぼし、イラン・メソポタミアを統一。 3世紀中頃 シャープール1世はローマ帝国と戦い、クシャーナ朝からガンダーラを奪う。 363年 シャープール2世、ローマ皇帝ユリアヌスを敗死させる。 5世紀頃 西の遊牧民エフタルの侵入に苦しむ。 6世紀 ホスロー1世、エフタルを滅ぼす。サーサーン朝の最盛期。 616年 ホスロー2世、ビザンツ帝国からシリア、エジプトを奪う。 626年 逆襲に出たビザンツ皇帝ヘラクレイオスに首都クテシフォンまで進撃され、征服地を奪還される。 642年 ニハーヴァンドの戦いで、ムスリム(イスラム教徒)のアラブ人に敗れ、急速に衰退。 651年 アラブ人によって滅ぼされる。 文化 ゾロアスター教の国教化。教典アヴェスターの編纂。 マニ教の成立。