紀元前5世紀後期から強国になっていた古代マケドニアの軍制改革を押し進め、古代ギリシャの先進地域であった南部諸ポリスの抗争に積極的に介入した。
紀元前338年、カイロネイアの戦いでアテナイ・テーバイ連合軍を破ってスパルタを除く全ギリシャに覇権を唱えるとペルシャ遠征を目指したが、娘の祝宴の席で呆気なく暗殺され、ペルシャ遠征の偉業は息子のアレクサンドロス大王に引き継がれた。
アレクサンドロス大王の母であり、仲が悪く後に離婚した妻でもあったオリンピュアスが、暗殺の黒幕として永くとりだたされている。