綿や絹などの織物、食品加工などの工業が行われる。大学や空港もある。近世までは一寒村に過ぎなかったが、ソ連成立後はタジク共和国の首都に選ばれ、急速に発展した。人口56万2,000人(2000年)。
1990年にアゼルバイジャンからのアルメニア系難民の、タジキスタン移住に反対する抗議デモが大規模な騒乱に発展し、ドゥシャンベ事件となったが、これがタジク人の民族意識高揚の契機となった。