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イエナ・アウエルシュタットの会戦でプロイセン軍を撃破した後、ナポレオン・ボナパルトは6万の兵でポーランドへ逃げたプロイセン・ロシア連合軍7万に決戦を挑んだ。しかし、吹雪や情報不足でフランス軍は苦戦を強いられオージュロー元帥も重傷を負い全滅しそうになったが、ネイ元帥の援軍が到着し逆転勝利した。プロイセン・ロシア連合軍は2万3000の死傷者を出し敗走。しかし、フランス軍も2万2000の死傷者を出し大勝とはいえなかった。
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その後ナポレオンは軍を立てなおし、6月14日にフリートラントで大勝した。この戦いの結果、7月7日にティルジットでロシアと講和した。一方プロイセンは巨額の賠償金を課らせ、多くの領土を失った。