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カトリック教会

カトリック教会、またはキャソリック教会キリスト教の教派。語源はギリシア語の καθολική (普遍的)。公教会(特に日本語の旧名称では天主公教会)という名称も使われる。また、プロテスタント教会新教を名乗る場合、プロテスタントからは旧教という呼び方が使われる場合がある。

Table of contents
1 教団組織の規律
2 カトリックの信者が多い主な国
3 現在の日本におけるカトリック教会
4 歴史
5 関連項目
6 外部リンク

教団組織の規律

教義

教義については、関連項目の列挙にとどめておく。

組織代表者

ローマ教会司教が、全教会の規律と統治を担い、教皇または法王と呼ばれる。 教皇は使徒ペトロ聖座における後継者とし、彼が聖座宣言という公的な決定を下したとき、信者が永遠に守るべき信仰と道徳に関する教理は不可謬であるとされている。現在、教皇が継承している聖座の所在はバチカン市国にある。ただし、聖座はバチカン市国の行政組織を指す場合があり、教皇庁とも呼ばれる。(その組織構造の詳細は[1] を参照) 現在の教会法において、死去または退位によって教皇の役職者が空位になったとき、枢機卿と称される教皇の顧問らが互選により選出する(コンクラーヴェ)。

聖職者

聖職者は叙階秘跡という信仰上の特別な意義が保たれている。司祭には、教区に属する教区司祭と、修道会に属する修道会司祭とに大別されている。 修道司祭出身の教皇グレゴリウス1世によるグレゴリオ改革以降、高位聖職者(司教司祭助祭)は独身制がとられている。

典礼(礼拝)様式

旧約聖書新約聖書を正典とし、旧約聖書にはヘブライ語のマソラ本文にはない第二正典も含まれている。ユダヤ教では、会堂で暦に従って律法書トーラー)が読まれていたため、その習慣にならい典礼暦に従って福音書が3年周期(東方正教会では1年周期)で読まれる。さらに、キリスト教独自の習慣として、福音書と対応する使徒書(第2ヴァティカン公会議の典礼刷新以降は旧約聖書も)の箇所が読まれる。

また、帰一東方典礼教会によって、それぞれの典礼様式が認められている。

カトリックの信者が多い主な国

前世紀前半頃まではヨーロッパ圏内であったが、現在では大きく変化しており、三大カトリック国は、 である。また、北アメリカも現在では、ラテンアメリカからの移民の増加により、カトリックが優勢である。

その他の主な国を以下に挙げる。

現在の日本におけるカトリック教会

日本にはイエズス会のサビエルらが最初に伝えた。 宗教法人法による登録までは天主教(または天主公教会)と称した。

歴史

古代

古代においては、キリスト教は
イスラエルの民の一派として、ファリサイ派やサドカイ派などの他教派と対立していた。そして、ユダヤ戦争の後の神殿崩壊後、特にファリサイ派(現在のユダヤ教主流派に近い)はヤムニア会議でキリスト教を排斥することになり、信条の相違は決定的となった。やがて教勢が拡大すると古代ローマにより迫害を受けた。

この頃、エルサレムのヘブライズム教会と、シリアエジプトのヘレニズム(ギリシャ系)教会とで異なる文化圏の教会が形成されていた。ヘブライズム教会は使徒(司教)と長老(司祭)、ヘレニズム教会は監督(司教)と執事(助祭)と、組織体型(ヒエラルキ)が異なっていた。やがて全土の教会において司教、司祭、助祭というヒエラルキが普及するようになる。6世紀頃シリアの聖イサクによってヒエラルキは公に制度化されるようになった。

また、グノーシス主義などの異端が現れ、新約の教典の中に偽典が混入するようになった。

中世:教父時代(前期)

都市部には大規模な教会が発展するようになる。4世紀には、キリスト教を国教化する国々が現れるようになった。最初に国教化したのが
301年のアルメニア王国である。さらに続いて、350年にアクムス王国(現在のエチオピア)が国教化した。380年には、遂にローマ帝国がテオドシウスにより国教化された。392年帝国内の異教信仰が厳禁となり、これによって中世の教会時代に移り変わることとなる。

中世の神学の中心は主に東方のギリシャ教父によるものであった。アレクサンドリアのオリゲネス、アタナシウス、カッパドキアの三教父のバシリウス,ナツィアンツのグレゴリウス、ニッサのグレゴリウスなどである。やがて西方のラテン教父のアウグスティヌスなどにも影響を与えている。

こういった神学の発展にともない教理論争が激しくなる。そのため、しばしば教会会議や世界公会議が執り行われるようになった。マニ教の流入や、モンタヌス派やアリウス派が起こり、教会の統一が損なわれると、皇帝コンスタンティヌスによりニケア公会議が開かれ、アリウス派は異端とされ追放された。皇帝テオドシウス2世によりエフェソ公会議が開かれると、ネストリウス派は異端とされ追放された。また、皇帝マルキアヌスによりカルケドン公会議が開かれ、単性論が異端とされた。しかし、単性論を支持する教会が多くあったため、各教会で対立司教が立つほどの分裂が生じた。

ラテン文化とギリシャ文化との相違、皇帝の世俗権力の支配から教会を取りもどそうとする教皇の立場と、東方のビザンチン皇帝との対立など、政治的な問題が相俟って慢性的な分裂が続き、1054年に相互破門により分裂が決定的となった。

中世:神聖ローマ帝国(後期)

それまでローマ帝国の西方に皇帝の不在が続いていたが、
神聖ローマ帝国が樹立し教皇はビザンチン帝国から政治的に独立するようになる。しかし、世俗権力の介入の問題は解決せず、叙任権闘争の問題で神聖ローマ帝国の皇帝や君主との対立が生じた。この対立は世俗介入を否定する教皇側の勝利で解決する。その後、教皇および教会の権力が強化されることになり、やがて第1ラテラノ公会議によって十字軍の遠征が制定される。

カタリ派やヴァルド派が拡大すると、異端の対策に着手せざるを得なくなり、教皇グレゴリウス9世によって異端審問の大勅書 "Excommunicamus et anathematizamus" が出されることとなった。やがて異端審問は、司教や教会会議が異端者の有罪を決定し、後に世俗機関が処罰方法を決定するというシステムが確立するようになる。また、教皇インノケンティウス9世により魔術を排斥する大勅書 "Summis desiderantes affectibus" が発せられ、特にドイツで魔女裁判が始まるようになった。この頃の神学においては、アリストテレス形而上学を引用したスコラ学ドミニコ会を中心として発展する。

近世・近代:宗教改革以降

 封建社会における神聖ローマ帝国が衰退し、それに伴ない各君主や貴族の権力が強まった。
ルネサンス時代には人文主義が生まれ、公会議首位説が彼等によって提唱されるようになった。これが、後に宗教改革へと発展する。プロテスタント(抗議者)などが教会や神聖ローマ帝国の腐敗を批判し、カトリック教会から離れ独立した派を立てた。それに対する対抗改革としてトリエント公会議が開かれ、この頃にカトリック教理はほぼ確定した。この対抗改革の推進に深く関わったのが、1534年にイグナチオ・デ・ロヨラが創立したイエズス会とされている。イエズス会はポルトガル王国の経済支援を背景として同国植民地圏への宣教にあたった。そして1549年、イエズス会士フランシスコ・サビエルの鹿児島上陸により、日本初のキリスト教宣教となった。
 また、プロテスタントとの抗争は国家間も含む数々の戦争を引き起こした。 殊に神聖ローマ帝国の失墜をたくらむ君主や貴族らは、イスラム教のオスマン朝と同盟を組みルター派諸侯としてカール5世と対立した。なお、ルター派の創始者マルティン・ルターはこのことについて「トルコ人はヨーロッパの腐敗に対する神の罰だ」と言っていた。また、英国の内戦において、清教徒革命による共和党政権を獲得した組合派のクロムウェルは、さらにアイルランド征服に乗り出し、多くのカトリック信者が犠牲となった。これが今日のアイルランド問題に至っている。 プロテスタントとの間の戦争は出身階層や民族により様々な様相を見せたため、一概に評価できない。

現代

民衆の精神的支柱であった教会の権威は、近代思想における合理主義や一切の宗教(特にキリスト教)を侮蔑し理性を崇拝する啓蒙主義などにより次第に衰えることとなった。しかし、このような近代思想は、ヨーロッパ諸国では多くの君主権力に対する革命の動力になったことも事実である。

第二次世界大戦中、ユダヤ人迫害に沈黙したため、「黙認した」と非難されてきた。近年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、ユダヤ人迫害時のカトリック教会の対応について謝罪の声明を述べている。しかし、近年の歴史的調査によると、第二次大戦中の教皇ピウス12世は、米国のルーズベルト大統領宛に、ナチスを非難する極秘の書簡が送られていたという事実があったことも明らかにされている。

第二次世界大戦後、カトリック教会は近代社会への適応が問われる時代となった。その背景を動機に第2ヴァティカン公会議が開かれることにたった。主な議題は典礼刷新、エキュメニズム、諸宗教との対話などであった。このような近年の「開かれた教会」のコンセプトは、ノーベル平和賞を受賞した福者マザー・テレサなどの優れた人物の輩出に繋がっている。 しかし、非常に大胆な改革が実現したものの過去の教理との不一致も見られ、保守派とリベラル派との解釈の相違が問題となっている。

関連項目

外部リンク





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