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ミッドウェー海戦は第二次世界大戦中の昭和17年(1942年)6月5日、ミッドウェー諸島沖で大日本帝国海軍がアメリカ軍に破れた戦闘である。
日本海軍のミッドウェーへの攻撃は、日本軍の暗号がこの時までにある程度解読されていたため、アメリカ軍には事前に察知されていた。また珊瑚海海戦に参加した瑞鶴、翔鶴は本作戦に参加しなかった。これは、搭乗員の損耗が激しく、また翔鶴が珊瑚海海戦で損害を受けていたこともあり日本側の参加空母数が減ることとなった。日本軍の攻撃前、偵察機がミッドウェーの港に停泊しているはずの米艦隊の存在を見落としたのが最大の敗因とされる。南雲艦隊の空母が、攻撃機に敵基地攻撃用の爆弾を搭載していたのを、敵艦隊発見で魚雷に積み替えているところを敵機に襲われた。偵察機からの連絡で山口多聞少将が地上爆撃用の爆弾でも敵空母の甲板を破壊すれば発艦できなくなるのですぐに攻撃すべし、との進言は退けられた。この戦い以降日本の戦局は悪化し敗色が濃くなった為、後年太平洋戦争の転換点とも評されるようになった。
| Table of contents |
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2 アメリカ軍の損害 3 ミッドウェー海戦を描いた映画 4 ミッドウェー海戦を舞台としたゲーム 5 アーケードゲーム 6 シミュレーションゲーム(ボード) |
日本軍の損害
これにより主力空母 赤城・加賀・飛龍・蒼龍4隻が沈み、248機の艦載機、108名の熟練搭乗員を失った。
アメリカ軍の損害
米国側は、当初の攻撃を回避できた飛龍艦載機の攻撃によりヨークタウン(空母)が損害を受け、その後日本海軍潜水艦(伊168)の雷撃により沈没した。
日本側は陽動作戦として、龍驤、隼鷹(いずれも空母)を中心とする部隊をアリューシャン方面に向かわせ、アッツ島、キスカ島などを占領、ダッチハーバーなどを空爆したが、これが陽動であることは事前に米国側に察知されていた。