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ヴェネツィア湾に突き出たラグーンの上に築かれ、運河が縦横に走る水の都である。
歴史
言い伝えによれば、5世紀にイタリア北部に侵入してきたゲルマン民族からの避難所として、各都市からの避難民が移住していった。名目上はビザンティン帝国に属していたが自治を行っていた。697年にはドージェ(元首)を選任するようになった。8世紀末にはフランク王国が支配下に置こうとして軍を派遣、このときにヴェネツィアは中心地をリアルトに移した。810年にビザンティンとフランクとの間で結ばれた条約で、ヴェネツィアはビザンティン帝国に属するが、フランク王国との交易権ももつこととなり貿易都市への布石が置かれた。10世紀後半からはイスラム諸国とも商業条約を結び交易を拡大した。さらにアドリア海沿岸への支配地域の拡大に努めていった。
11世紀に弱体化したビザンティン帝国の要請でアドリア海沿岸の海上防衛を担うことになり、その代償としてビザンティン内での貿易特権を得た。その後の十字軍遠征とそれに伴うアジアとの貿易との拡大によって、ヴェネツィアは勢力を拡大した。1204年、第4回十字軍遠征後その援助への代償としてクレタ島などの海外領土を得、東地中海最強の海軍国家となった。
15世紀になるとオスマン帝国の進出により、ヴェネツィアの海外領土が少しずつ奪われていき、勢力にもかげりが見えてきた。
1797年にナポレオン・ボナパルトに征服され、ヴェネツィア共和国は崩壊した。1805年ナポレオン支配下のイタリア王国に帰属、1815年にはオーストリアの支配下に置かれるようになった。1866年にイタリア王国に編入した。