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| Table of contents |
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2 技術 3 歴史 4 アナログハイビジョン(試験放送)について 5 BSデジタルハイビジョン 6 関連項目 |
画面の縦横比(アスペクト比)を16:9と標準テレビ放送よりも横長にし、総走査線を約2倍の1125本(有効1035本)に増やし、毎秒60フィールドの2:1インターレース方式で伝送する(1125/60方式)。走査線数の決定にあたってはコンピュータグラフィクスとの親和性を考慮して有効走査線数が1024本を上回るようにしたという。
ハイビジョンの伝送にはMUSE(Multiple Sub-Nyquist-Sampling Encoding)方式が使われる。
ハイビジョンの映像信号帯域幅は20MHzであるが、日本で使える最大の帯域幅は衛星放送の27MHzであり、この変調方式はFM方式であることから、信号帯域幅はその1/3の9MHzとなる。このため、MUSE方式では映像の圧縮が必要となった。MUSE方式の場合、1フィールドのサンプリングを画素数の半分とし、全画素数の1/4のとすることでこれを実現した。静止画の場合は前サンプリングの内容を用いることで補完し、動画の場合も定常的な動きの際には送られてきた動きベクトルデータをもとに、動き補償を行うことで高解像度を維持している。不定動作の場合は解像度は落ちるが、人の目の視力は動いているものを対象にしているときは落ちるため特に大きな問題とはならなかった。こうして作られたサンプル値はアナログ伝送された。
音声信号は映像信号(色信号と輝度信号を分けて送信している)の垂直帰線区間に、PCM変調したデジタル信号で送信される。4チャンネル送信可能なAモードと、高音質で2チャンネル送信可能なBモードがあった。
本格的な研究は1970年代からNHK技術研究所で始められ、1972年にはITU-R(当時はCCIR)に規格提案が行われた。1980年代に入ってテレビカメラ、高精細ブラウン管、ビデオテープレコーダ、編集制作機器等のハイビジョン映像信号対応機器が開発され、実用化の準備が整い始めた。1982年にはデジタル技術を用いて帯域圧縮を行い、放送衛星のトランスポンダ1波の伝送帯域でアナログ放送を行うMUSE方式が開発され、これを用いたBS放送が1989年から実験放送として開始、さらに1994年からは実用化試験放送が開始された。
NHKはハイビジョンを世界の統一規格にすることを目指し、欧米で精力的な標準化活動を続けたが、政治的その他さまざまな理由から日米欧はそれぞれ異なる方式でHDTV放送を行うことになった。
また、アメリカではHDTVの開発をデジタル放送方式で行うことになり、欧州もこれに追従したため、日本でも放送のデジタル化が推進されることとなる(→地上デジタルテレビジョン放送)。
このため、現行のHDTVアナログ放送であるBSハイビジョン放送は使用中の放送衛星であるBSAT-1の設計寿命が尽きる2007年をもって終了する。
BSデジタル放送および地上デジタル放送で行われている高精細度テレビジョン放送は、MPEG-2で高効率符号化した映像・音声・データ等の情報を、トレリス8相PSK変調方式およびBST-OFDM方式を採用して伝送しており、サービス内容も異なるが、愛称として「デジタルハイビジョン放送」が使用されている。
なお、デジタルHDTVであってもベースバンドの映像制作・蓄積においては、アナログハイビジョンのために開発された技術が使われているため、アナログ時代に制作されたハイビジョンHDTV素材はデジタルハイビジョンで放送可能である。
NHKが中心となって開発を進めてきた高品位テレビ「ハイビジョン」の実用化へ向けて、1989年6月~1991年11月まで、NHK衛星第2テレビの14:00~15:00(大相撲開催中は17:00~18:00)と日曜深夜(月曜未明)の1:00(原則)~5:00の時間帯に「実験放送」として実施したのが始まりとされている。
1991年11月~1994年11月24日までは「ハイビジョン試験放送」として、アナログBS-9chを使って各放送局やAVメーカーが製作した番組を放送(開始当初は1日7~8時間だったが、その後順次延長)し、1994年11月25日からは同じアナログBS-9chでこれを一歩進めた「実用化試験放送」として1日につき10時間以上に亘り、NHKと民間放送各局(原則として水曜日を除く)が曜日ごとに担当を替えて放送した。
概要
技術
歴史
アナログハイビジョン(試験放送)について