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1977年にアメリカで発売されたテレビゲームのゲーム機「アタリVCS」は、それまでゲーム機のハードウェアに内蔵されていたゲームソフトのプログラムROMをカートリッジにおさめて外部から供給できるようにし、これが爆発的な人気を博した。しかし多数のメーカーが参入した市場は質の低いソフトで溢れ、粗悪品をつかまされて嫌気の差していたユーザーは、やがてアタリVCSの市場そのものに見向きもしなくなった。
こうして1982年の年末商戦でアタリVCSの市場は崩壊し、一時30億ドルにもなった市場規模は一気に1億ドル未満にしぼんでしまった。これがアタリショックの全貌である。
日本のゲーム機メーカー各社も同様のビジネスモデルを実施していたが、後発であった任天堂はアタリショックの再来を大変警戒し、ファミリーコンピュータによる市場参入と他社へのライセンス供与に当たっては、品質管理の名目で大変強い姿勢で臨んだ。