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シェーンブルン宮殿と庭園はオーストリアにある宮殿。
| Table of contents |
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2 名称の由来 3 歴史 4 見学 |
位置と概要
シェーンブルン宮殿は、ウィーンの中心部聖シュテファン大聖堂から西に直線で約5kmの位置にある。庭園は東西約1.2km、南北約1kmの規模で、1779年頃から公開されている。
建物は、あらゆる部屋を合計すると1,441室あり、両翼の端から端まで180mあり、正面右側翼には宮廷劇場がある。オーストリアで一番重要な観光資源で、年間入場数150万人。更に公園と動物園や行事での集客数520万人を合計すると年間には670万人が訪れる。
名称の由来
マチアス皇帝(在位1612年 - 1619年)が狩猟時にシェーン(美しい)ブルン(泉)を発見した為にシェーンブルンと命名したと伝えられている。
歴史
14世紀から1642年頃までこの場所はカッターブルクと言われ、荘園と製粉場があった。
1565年 神聖ローマ帝国マクシミリアン2世(在位1564年 - 1576年)がこの土地を買い雉の繁殖場をつくり、七面鳥や孔雀などのめずらしい動物類も集めた。
1683年 オスマントルコ帝国軍により破壊される。
1693年 レオポルド1世(在位1658年 - 1705年)が狩猟用の別荘をつくり、歴代の皇帝らが増築・造作を行い、マリア・テレジア女帝(在位1740年 - 1780年)の時代に完成された。ウィーン風ロココ様式といわれている。
1752年 フランツ1世(在位1745年 - 1765年)が宮殿脇にシェーンブルン動物園を設置。
1762年 マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットがここに滞在している時、6歳の神童モーツァルトが招待され訪れる。
1805年及び1809年 ナポレオンが司令部として使い、軍隊と共に滞在。
1815年 ウィーン会議がここで開催される。
1916年 皇帝フランツ・ヨセフ1世(在位1848年 - 1916年)がここで死亡。
1918年 絶対君主制の崩壊に伴い、政府の所有となり、改装され博物館にも利用。
1961年 ケネディー大統領とフルシチョフ首相との会談の場所となる。
1996年 ユネスコの世界遺産に登録。
見学
見学できる場所は居室1,200室のうち40室である。
4月1日から6月30日 8:30-17:00
7月1日から8月31日 8:30-18:00
9月1日から10月31日 8:30-17:00
11月1日から3月31日 8:30-16:30
庭園のツアーは時間があればロング・ツアー、なければショート・ツアーを勧めている。建物の見学料金
インペリアル・ツアーは22室 音声ガイド付き 8ユーロ
グランド・ツアー は40室音声ガイド付き 10.5ユーロ