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アゼルバイジャン共和国は、カフカス地方に位置する旧ソビエト連邦の国。北にロシア、西にグルジアおよびアルメニア、南にイランとそれぞれ国境を接する。飛び地であるナヒチェバン自治共和国はアルメニア、イランおよびトルコと接する。首都はバクー。
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| 国のスローガン : | |||||
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| 公用語 | アゼリー語 | ||||
| 首都 | バクー | ||||
| 大統領 | イルハム・アリエフ | ||||
| 首相 | アルトゥール・ラシザーデ | ||||
| 面積 - 合計 | 111位 86,600 km² | ||||
| 人口 - 合計(2003年) - 人口密度 | 89位 7,830,764人 90/km² | ||||
| 独立   | (ソビエト連邦より) 1991年8月30日 | ||||
| 通貨 | マナト(AZM) | ||||
| タイムゾーン | UTC +5 | ||||
| 国歌 | アゼルバイジャン共和国国歌 | ||||
| Internet TLD | .AZ | ||||
| 国際電話番号 | 994 | ||||
歴史的には、イランのアゼルバイジャン州とともにイラン高原を支配する政権の統治下にあることが多かった。7世紀にアラブの支配下に入り、セルジューク朝の時代にテュルク系遊牧民が進出してテュルク化・イスラム化が進んだ。17世紀にこの地方を拠点にサファヴィー朝が起こり、多くのテュルク人がシーア派へ改宗した結果、アゼリー人(アゼルバイジャン人)と呼ばれる民族が形成されていった。アゼルバイジャンと呼ばれていなかったアラス川以北の現アゼルバイジャン共和国領は、元来アゼルバイジャンとは呼ばれていなかったが、南のアゼルバイジャン州との民族的共通性から次第にアゼルバイジャンという地名で呼ばれるようになった。
19世紀にイラン・ロシア戦争の結果、アラス川北岸地域はロシア帝国に割譲され、ロシアの統治下でアゼリー人の民族意識が高まった。1918年、この地域のアゼリー人民族主義者たちは10月革命後の混乱を縫ってアゼルバイジャン民主共和国を打ち立てることに成功したが、1920年に赤軍がバクーに侵攻して共和国は解体し、ソビエト連邦のアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国になった。
1993年以来、元アゼルバイジャン共産党書記長のヘイダル・アリエフが大統領として政権を掌握し、強権的な政治を引いてきた。2003年にアリエフは健康不安から引退を余儀なくされたが、長男のイルハム・アリエフが後継者に指名されて大統領選挙に勝利し、権力の世襲委譲が果たされた。
バクー油田など豊富な天然資源があり、ソ連崩壊やアルメニアとの紛争で落ち込んだ経済を支えている。天然資源の存在は第二次世界大戦やチェチェン問題とアゼルバイジャンの関係とも大きくかかわっている。
カスピ海の西岸に位置し、北はロシア、南はイランに挟まれる。飛び地としてアルメニアに囲まれているがアゼリー人の人口が多い地域であるナヒチェヴァン自治共和国があり、領土内にアゼリー人居住地に囲まれているがアルメニア人人口の多いナゴルノ・カラバフ地方があって、ソビエト解体から1994年に停戦するまでアルメニアとの間で紛争になった。
住民は、民族的にはテュルク系のアゼリー人が人口の90%を占め、圧倒的に多い。ロシア人、アルメニア人はそれぞれ2%ほどである。宗教的にはアゼリー人を含めたムスリム(イスラム教徒)が93.5%で圧倒的に優勢で、ロシア正教会、アルメニア正教会が少数派として存在する。歴史
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