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1957年12月24日、ウルズガン州に生まれる。アフガン国内多数派であるパシュトゥーン人の2大部族のうち、南部を基盤とするドゥッラーニー族の名門ポパルザイ氏族の出身。
1980年代、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗しムジャーヒディーンとしてソ連軍と戦い、1992年のブルハーヌッディーン・ラッバーニー政権で外務次官に就任。
ターリバーン政権で誕生当初は同じパシュトゥーン人勢力として支持したが、次第にターリバーンにパキスタンやアラブ諸国の影響力が強まったため、反ターリバーンに転じた。父親がターリバーンに殺害されている。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降、アフガニスタンにおけるアメリカ合衆国の協力者としてターリバーン政権の打倒に活躍。12月22日、アフガニスタン暫定行政機構の議長に就任し、2002年6月19日にはアフガニスタン・イスラム移行政権の大統領に就任。