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ダシール・ハメット(Samuel Dashiell Hammett 1894年5月27日 - 1961年1月10日) は、アメリカのミステリ作家。推理小説の世界にいわゆるハードボイルドスタイルを確立した代表的な人物である。代表作は『マルタの鷹』。
サム・スペードやコンチネンタル・オプなどの探偵を創造した。
経歴
貧しい境遇に生まれ、様々な職業を経験した。
第一次世界大戦後、アメリカ屈指の探偵会社「ピンカートン探偵社」の探偵として働いた。この際の経験が、後の作品『血の収穫』などに生きていると言われる。その後、肺結核を患って文筆活動に入る。
1920年代中期から、探偵小説雑誌『ブラック・マスク』誌に短編推理小説の執筆を開始。同誌の看板作家の一人となった。「報告書のように簡潔な」筆致で、登場人物の行動を描く彼のハードボイルドスタイルは、この頃に確立されている。当時の初期作品にしばしば登場したのが、小太りのコンチネンタル探偵社社員「コンチネンタル・オプ」である。
1929年には『血の収穫』、続いて『デイン家の呪』とコンチネンタル・オプものの長編を送り出した。特に『血の収穫』は壮絶なバイオレンスドラマで、その後のアクション小説・映画に多大な影響を与えた。
1929年に『ブラック・マスク』誌に連載され、翌年単行本となった『マルタの鷹』は、ハメットのもっとも有名な作品である。サンフランシスコの私立探偵サム・スペードが真相追求のために行動する姿を完全客観のカメラアイスタイルで描き、後続のハードボイルド作家の範とされる。
また、1931年の長編『ガラスの鍵』は、賭博師ネド・ボーモントを主人公に錯綜した事件を描いた作品で、やはり厳しい客観筆致で描かれており、ハメットのもっとも好きな自作であった。この2作はとりわけ後世の評価が高い。
1934年には、やや通俗的なタッチで夫婦探偵の活躍を描いた『影なき男』を書き、これは大衆からも人気を博した。
しかし、その後のハメットは、自作の映画化で収入が得られるようになったこともあってか、創作意欲は衰えている。
労働者の実態をよく知るが故に、ハメットは労働運動にも強い共感を持っていた。だがそれが第二次世界大戦後のアメリカで吹き荒れた「赤狩り」の被害にあう原因ともなり、結果有罪判決を受けた。晩年は不遇のうちに亡くなっている。
映画化作品
ハメットの長編小説は、1930年代から1940年代にかけて映画化されている。
| Table of contents |
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2 ガラスの鍵 3 影なき男 4 その他 |
ワーナー社は1941年に3度目の映画化を行った。ジョン・ヒューストンの初監督作品で、公式には、ハンフリー・ボガートの初主演作である。ボガート扮するスペードの厳しい演技、ヒューストンの原作に忠実な脚本と切れ味の鋭い演出、そして多彩な脇役陣とが相まって、歴史に残る名作となった。
このヒューストン版があまりに傑出していたため、以後『マルタの鷹』は映画化されていない。
1983年の映画『ハメット』は、ヴィム・ヴェンダースの監督作品で、原作はハメットファンの作家ジョー・ゴアズ。ダシール・ハメットその人を探偵役に異様な物語が展開される。ハメット役のフレデリック・フォレストは、ハメットそっくりに扮して好演。
マルタの鷹
ワーナー・ブラザーズ社が映画化権を取り、1931年と1936年の二度にわたって映画化したがヒットしなかった。ガラスの鍵
1942年のリメイク版が有名。スチュアート・ヘイスラーが監督、脚本は『ブラック・マスク』出身の推理作家でハメットとも親交のあったジョナサン・ラティマー。主演アラン・ラッド、共演ヴェロニカ・レイク。影なき男
1934年にW・S・ヴァン・ダイクJr監督で映画化。ウィリアム・パウエルとマーナ・ロイがおしどり探偵役で主演し、続編が作られるほどのヒット作となった。その他
黒澤明の映画「用心棒」(1962年)は、モチーフを『血の収穫』から得ている。