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フリーソフトウェアとは、2つの異なる意味で使われるので注意が必要である。
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2 関連する概念 3 Wikipediaは自由 4 関連 |
英語のフリー(free)には、「自由」と「無料」の二通りの意味があり、英語圏だけではなく、日本でもフリーソフトウェアは二通りの意味に使われている。
熟語として記述する際には"free software"と"Free Software"という区別ができ、前者は一般的な意味での"無料のソフトウェア"という意味、後者はリチャード・ストールマンが自由なソフトウェアに対して名づけた固有名詞であるということを明確化できる。しかし、日本語で"フリーソフトウェア"と表記した場合、一般的な意味での"無料のソフトウェア"なのか、それとも固有名詞である"自由なソフトウェア"なのか肝心な情報が抜け落ちて区別できない。フリーソフトウェアと呼んだときには、それが自由なのか無料なのか、その両方なのかを示すことが望まれる。
自由なソフトウェアの場合は、自由を定義するライセンスが明確に示されているので、そこで確認できる。ライセンスが、GPL、LGPL、GNU FDL、BSDライセンス、X11ライセンスなどであれば、自由なソフトウェアである。
フリーソフトを参照のこと
フリーソフトウェア財団(FSF)の創始者リチャード・ストールマン(RMS)が、自由に利用し、改変し、再配布することができるという意味でフリーソフトウェアという語を1980年代初頭に作った。この場合、無料のソフトウェアはフリーウェアと呼んで区別する。フリーソフトウェアとも表記される。
ソフトウェアが自由であることを重視するリチャード・ストールマンの立場からは「無料」との混同は避けたいところである。そのため、彼は折に触れてこの区別を強調し、また「日本語にはせっかく2つの意味を区別する言葉があるのだから、フリーソフトウェアではなく自由なソフトウェアと呼んで欲しい」と述べている(肉声)。
フリーソフトウェアであっても著作権を放棄した、バブリック・ドメインとは異なる。一見矛盾しているように見えるかも知れないが、フリーソフトウェアはそれが自由であるために、著作権を明確に主張しライセンスで自由を規定するという方法を取っている。
現在、GNU/Linuxとして知られるフリーソフトウェアのオペレーティングシステムのプロジェクト:GNUを始めるに当たって、作られるソフトウェアの自由を保証するために、フリーソフトウェアの概念を定義した。GNUはフリーソフトウェアのみで構成されるというわけである。
フリーソフトウェアとして認められるライセンスには、二通りある。
しかし、ソースコードが付属していても、ソースコードを改変したり配布したりする自由が制限されていれば必ずしも自由なソフトウェアとは言えない。(例:商用ソフトのVz)
自由なソフトウェアであれば、仮にそれを有料で取得したとしても、それを無料でコピーすることを制限していない。また、自由なソフトウェアはそれを有料で販売することを制限していない。「自由」には有料で販売する自由、無料でコピーする自由が含まれている。したがって、「有料だからという理由で自由なソフトウェアではない」と判断することはできない。例えばLinuxディストリビューションに有償のものも多いように、自由なソフトウェアを集めてそれらを有償で販売する製品形態は定着してきている。
自由なソフトウェアは、有用なものであれば大抵はそれを無料で配布しようとする者が現れる。勿論、無料で配布することは自由である。その意味では自由なソフトウェアには無料という意味でもフリーなものが多い。
ソフトウェア用語的に言うと、「コピーレフトはアーキテクチャ」であり、「GPLはその実装」ということになる。つまり、コピーレフトを実現するライセンスにはGPL以外にもあり得る。
コピーレフトやGPL自身が、実社会で動作するコンピュータプログラムの様なもので、天才プログラマーのストールマンならではの作品だと言える。自由な社会を作り出すプログラムである。「GPLをあなたのソフトウェア/作品に組み込めばそれは、自由な社会を作り出すために自動的に働き始めますよ」と言うわけだ。
GNUなどの考え方としては、コピーレフトなライセンスが「自由な世界のソフトウェアは自由を失うことが難しい」という意味で、より自由ということになる。
これに対して、BSDを始めとしたコピーレフトではないフリーソフトウェアなライセンスは、「自由なソフトウェアが将来自由を失う可能性があり得る」という意味で、コピーレフトに比べて自由さに欠けるとされる。例えば、BSDライセンスで公開されているソフトウェアを改良して公開するとき、必ずしもソースコードを公開しなくても良い。コピーレフトの考え方によれば、このとき「改良されたバージョンは自由が失われている」とされる。
一方、コピーレフトは「自由であること」が失われないために「自由でなければならない」という制約を付けていると見ることもできる。例えば、コピーレフトなソフトウェアを改造して公開する場合、ソースコードの公開を拒むことはできない。コピーレフトなソフトウェアをBSDライセンスで公開することもできない。この意味で、「コピーレフトは制約が強く、BSDライセンスなどに比べて自由でない」と考える人もいる。
詳しくはGNUプロジェクトの「さまざまなライセンスとそれらについての解説」にフリーソフトウェアとして認められるライセンスの一覧があり、必要に応じて更新されている。(日本語版は英語版に比べて更新が遅れるので、最新の情報を得る必要があるときは、英語版をみることを勧める)。
利潤を追求するビジネスの世界では、「無償」という考え方は馴染まない。「Free」も誤解を招きやすい。そのためか、
企業に浸透するために近年オープンソースという語が提案され、使われる事になった。
そこには自由の思想は含まれておらず、あくまでビジネス上の企業戦略の一つとして紹介された。「ソースコードを公開するとどういうメリットがあるか」が関心の中心である。もっともオープンソース協会は、社会をフリーソフトウェアに向かって導くためのやり方だと説明している。
このような違いから、フリーソフトウェアとオープンソースの立場は別の物として扱われている。形としては、オープンソースはフリーソフトウェアの一部のように見えるが、意味としては全く違うと、リチャード・ストールマンは主張している。
結果的に、フリーソフトウェアでない多くのオープンソース・ライセンスが各企業によって作られ、ソフトウェアのソースコードが公開された。
しかし、ライセンスは、あくまで企業が有利に作られていたためか、開発者をそれほど集めることが出来ていない。
その結果、それらの企業やオープンソースのプロジェクトは、ライセンスをよりフリーソフトウェアに近いライセンスに切替えて来ている。その結果、オープンソースと呼んでいてもフリーソフトウェアであることが多くなって来ている。
以前、ブリタニカ百科事典が内容を無料で提供した事があったが、これはあくまで「無料」に過ぎなかった。現在は、有料で提供しており、無料の時にコピーした内容であっても、利用者がそれを公開することは出来ない。
Wikipadiaは、コピーレフトのフリーソフトウェアと同様のライセンスで守られており、将来に渡っての自由が保証されている。それゆえに協力者は自分の提供した努力が無駄になることを心配する必要がない。自由と無料
フリーソフトウェアの概念において「自由」と「無料」の違いは重要だが、英語では"free"だけでは区別が付かないので、無料を意味するときは「as in "free beer"」、「自由」を意味するときは「free as in "free speech"」などと表現する。無料のソフトウェア
自由なソフトウェア
自由を促進するという意味でフリーと呼ばれているソフトウェア。コンパイルした成果物だけでなくソースコードも入手可能であり、その改変と再配付も自由にしている必要がある。自由と無料の比較
ソースコードが公開されなければ、無料のソフトウェアであっても、自由なソフトウェアではない。ソフトウェアを自由に変更・配布することはソースコード無しには極めて困難だからである。関連する概念
コピーレフト
自由なソフトウェアがより完全に永続的に自由であるための概念としてコピーレフトがある。
コピーレフトもまたGNUを始めるに当たって、より自由なソフトウェアを定義するするための概念である。GPL/LGPLライセンスは、コピーレフトを実現する法的に有効なライセンスで、弁護士の協力の元に作られた。オープンソース
Wikipediaは自由
Wikipediaは、自由という意味でフリーを使っている。取り扱いは自由なソフトウェアと同様になる。