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アメノウズメノミコト

アメノウズメノミコト天宇受賣命もしくは天鈿女命と書く)は、日本神話の「天の岩戸」のくだり他に登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。

Table of contents
1 古事記の中でのアメノウズメノミコト
2 アメノウズメの原形
3 サルタヒコとの関係
4 世俗におけるアメノウズメ信仰

古事記の中でのアメノウズメノミコト

古事記によると、天照大神が天の岩戸にかくれて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、岩戸の前に集まった。アメノウズメノミコトは、うつぶせにした器の上に乗り、半裸になりながらこっけいな踊りを踊った。神々は大笑いし、その哄笑にさそわれて、天照大神が覗き見をしようとして戸を少しあけたところ、天手力男神(アメノタヂカラヲノカミ)にひっぱり出され、再び世界に光が戻ったという。

アメノウズメの原形

神々を笑わせたことからそのような芸事を生業とする女神である(すなわち芸人、コメディアンである)という理解が先行しがちである。もっとも、事実大和の賣太神社に祀られるアメノウズメは芸能の始祖神として信仰を集めている。 だが、記紀の記述からは「神懸かって舞った」と読めるため、笑いをとることが彼女の踊りの目的ではなく、その踊る姿に喝采が贈られ、祭り(宴会?)の喧噪に天照大神の心が動いたと見る方が自然である。

天の岩戸の前におけるこのような彼女の行為は、神への祭礼、特に古代のシャーマン()が行ったとされる神託の祭事にその原形を見ることができる。いわばアメノウズメの逸話は古代の神に仕える巫女たちの姿を今に伝えるものであると考えることができる。 この場合の神とはアマテラスという神格が与えられるより以前の古い太陽神信仰であり、後に太陽神の神格がアマテラスへと置き換わった後にもアメノウズメの立場までは置き換わらなかったために現在のような神話として伝わっている、と思われる。

この際の踊りは、太陽神を慰撫し、力を回復させるための踊り(巫=神凪/かんなぎ、神座/神楽=かみくら/かぐら/かみあそび)である。一方日本書紀においては「巧みに俳優(わざおぎ)をなし」とあり、これは神の業をその身に招いて観衆を楽しませる姿を表している。このことが「俳優」の語源になっているように、神楽舞に連なるこれらの祭事は、日本の芸能の出発点となったことも確かである。

なお、大和王権大王天皇家の祖)が行った古代の大嘗祭においても、大王家の祖神を祀る巫女たちが同様の神懸かりした激しい踊りを踊っていたということがわかっている。これは上記のような太陽神への祭事が変化したものであると考えられる。その背景は、大和王権が太陽神=アマテラスを祀りかつその子孫を標榜していたことに着目すると理解しやすい。

サルタヒコとの関係

また天孫降臨の際に、サルタヒコ(猿田彦命)と応対したのもアメノウズメノミコトであり、後にサルタヒコの妻となったとされている。この逸話も、サルタヒコが元々伊勢地方で崇められていた太陽神であったとされることから、アメノウズメが太陽神に使える巫女たちを神格化したものであることの証拠とも言える。

その後にアメノウズメノミコトはサルタヒコと夫婦となって伊勢に赴き、五十鈴川上流に住み、猿女一族や猿女君の祖となる。 猿女一族は古くから朝廷の祭祀と深く結びついていた一族であり、また猿女君は宮廷祭祀において神楽を舞うことを担当した神祇官の役職名である。

世俗におけるアメノウズメ信仰

村境や道路の分岐点などに立てられる道祖神は、サルタヒコとアメノウズメノミコトであるともされる。

猿女君・稗田氏の祖とされ、稗田氏の氏神である賣太神社では、芸能の始祖神、福の神、おたふく、おかめ、等と称すると伝わる。





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