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1415年からは選帝侯としてブランデンブルク選帝侯国を治めるようになる。1618年にはヨハン・ジギスムントがプロイセン公国を継承。三十年戦争の際にはフリードリヒ・ヴィルヘルムが指導にあたった。スペイン継承戦争でプロイセン王国を名乗ることが許され、ホーエンツォレルン朝プロイセン王国が誕生する。
ヴォルテールと親交の深かったフリードリヒ2世は啓蒙専制君主として君臨、絶対主義下においてプロイセンを強化した。彼は、オーストリア継承戦争や七年戦争に参加、着々を領地を広げていった。フリードリヒ2世、フリードリヒ・ヴィルヘルム2世はロシア帝国・オーストリア帝国とともにポーランド分割を計る。
1862年、オットー・フォン・ビスマルクが宰相になると、ヴィルヘルム1世の下プロイセンを中心としたドイツ統一を成し遂げドイツ帝国が誕生、列強の一員となる。第一次世界大戦で敗北後、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が亡命してホーエンツォレルン家のドイツ支配は幕を閉じた。